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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り...............竹塚神社   (2019年11月20日)(東京都足立区) 

11月20日 

この日は、都内の酉の市巡り。
巣鴨大鳥神社、花畑大鷲神社と巡り、足立区にあるもう1社の大鷲神社へと向かいますが
その前にそちらの神社の兼務社を3つほど立ち寄ります。


向かった先は..................竹塚神社。


竹塚神社は、足立区竹の塚に鎮座する神社です。


天元年間(978年~983年)に伊勢・皇大神宮を勧請し、創建したとされています。
平安時代中期の店喜4年(1056年)、源頼義による奥州東征の折に
当社境内に宿陣したとの伝承があるそうです、
頼義のお手植という松の大樹もありましたが、
嘉永2年(1849年)の落雷により枯れてしまったため、
延慶2年(1309年)造であった社殿の造替用材にされたと言うことです。


御祭神は、天照皇大御神。


東武線竹ノ塚駅から徒歩数分。
イトーヨーカドーの目の前に鎮座している神社。

社号標。

      20191120竹塚神社01


神社社頭。

      20191120竹塚神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20191120竹塚神社03



由緒書き。

      20191120竹塚神社04



手水舎。

      20191120竹塚神社05


二の鳥居。

      20191120竹塚神社06



拝殿。

      20191120竹塚神社07



拝殿前の狛犬。

      20191120竹塚神社08


      20191120竹塚神社09



拝殿正面。

      20191120竹塚神社10


      20191120竹塚神社11


      20191120竹塚神社12



拝殿正面の扉の奥に見える扁額。

      20191120竹塚神社13



別アングルからの拝殿。

      20191120竹塚神社14


      20191120竹塚神社15



そして、こちらが本殿。

      20191120竹塚神社16



境内社。

      20191120竹塚神社17



板碑。

      20191120竹塚神社18


御輿庫。
2階部分は神楽殿を兼ねているみたいですね。

      20191120竹塚神社19


こちらが社務所ですが、閉まっていて
普段は無人の神社のようです。

      20191120竹塚神社20


大手スーパーの目の前の神社。

      20191120竹塚神社21



こちらが、竹塚神社の御朱印。

      20191120竹塚神社22

本務社の島根大鷲神社にて拝受いたしました。




2020/01/15 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............花畑鷲神社   (2019年11月20日)(東京都足立区) 

11月20日  

この日は、二の酉。

ずばり、酉の市の御朱印狙いで、この日は公休を取っていました。
巣鴨大鳥神社をあとにして、向かった先は.............花畑大鷲神社。


花畑大鷲神社は、足立区花畑に鎮座する神社です。

創建年代は不詳ですが、日本武尊の東国平定の偉業と
多年夷賊に苦しんでいた人々が、尊への報恩感謝の意を込めて、
本陣のあった当時「花又」に奉斎されました。
開運守護の神として信仰篤く、中世には新羅三郎義光が、
兄・八幡太郎義家の援軍として後三年の役に赴く折、
戦勝を祈願し、凱旋の折、神恩に謝し兜を奉賽したとされています。
以後、源氏の崇敬の的となったそうです。

古くは「鷲大明神」と称し、鷲に乗った釈迦如来像が本地仏として
祀られていたと言われています。
大鳥信仰の神社で、11月の酉の日に開催される「酉の市」発祥の神社とされています。


御祭神は、日本武尊。



神社社頭。

      20191120花畑鷲神社01


例祭の提灯が並び、否が応でも酉の市の雰囲気は満載。

      20191120花畑鷲神社02



参道も縁日の屋台が並び賑やかな雰囲気。

      20191120花畑鷲神社03


      20191120花畑鷲神社04



二の鳥居。

      20191120花畑鷲神社05


手水舎。

      20191120花畑鷲神社06


定番の龍の吐出口。

      20191120花畑鷲神社07



こちらが、拝殿。

      20191120花畑鷲神社08



さすが酉の市、そして酉の市発祥の神社。
参拝者も多い。

      20191120花畑鷲神社09



拝殿正面。

      20191120花畑鷲神社10


      20191120花畑鷲神社12


      20191120花畑鷲神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191120花畑鷲神社11



別アングルからの拝殿。

      20191120花畑鷲神社25


      20191120花畑鷲神社26



そして、こちらが本殿。

      20191120花畑鷲神社27



拝殿正面に飾られた提灯。

      20191120花畑鷲神社14



境内のの狛犬。

      20191120花畑鷲神社18


      20191120花畑鷲神社19



狛犬の脇には説明板。

      20191120花畑鷲神社28




境内社。

      20191120花畑鷲神社15


      20191120花畑鷲神社16


      20191120花畑鷲神社17




神楽殿。

      20191120花畑鷲神社20



神輿庫。

      20191120花畑鷲神社22



こちらが授与所。

      20191120花畑鷲神社21

御朱印はこちらで拝受出来ます。




参道の熊手の屋台。
やっぱり、これが無くちゃ酉の市じゃ無い。

      20191120花畑鷲神社23


      20191120花畑鷲神社29


      20191120花畑鷲神社30


      20191120花畑鷲神社31

まだ、時間が早いからか?
熊手を求める人は少ない。

日も暮れて、境内に提灯が灯されれば
きっと多くの人が熊手を求めて、さらに賑わうでしょう。



こちらが、花畑大鷲神社の御朱印。

      20191120花畑鷲神社24


こちらの大鷲神社も酉の市の御朱印が欲しかったから、念願叶いました。



2020/01/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪...............巣鴨大鳥神社. (2019年11月20日)(東京都文京区) 

11月20日  

この日は、二の酉。

元々、この日は希望公休日。
御茶ノ水の健保の診療機関でインフルエンザの予防接種を終え
水道橋から地下鉄に乗って巣鴨へ!

向かった先は...........巣鴨大鳥神社。


巣鴨大鳥神社もこれで3回目の訪問。
( 1回目の訪問は こちら


酉の市が開催され、以前とは雰囲気が全然違う。

      20191120巣鴨大鳥神社01


      20191120巣鴨大鳥神社02


大鳥神社に向かう動線も、時間がまだ早いから、屋台の準備中。

      20191120巣鴨大鳥神社03

いずれにしても賑やかになるんでしょうね。



神社社頭。

      20191120巣鴨大鳥神社04


      20191120巣鴨大鳥神社05



鳥居に掲げられた神額。

      20191120巣鴨大鳥神社06


   

こちらが社殿。

      20191120巣鴨大鳥神社07



心なしか小さな社殿に見えてしまうけれど、
社殿の大小は神様を敬う気持ちには関係ない。

      20191120巣鴨大鳥神社08

しっかりとお参りいたします。




こちらは、境内社の子育稲荷神社。

      20191120巣鴨大鳥神社09


      20191120巣鴨大鳥神社10


      20191120巣鴨大鳥神社11

実は、こちらの敷地は元々、子育稲荷神社の敷地で
大鳥神社が境内社だと言う説もある。



確かに、手水舎は子育神社にある。

      20191120巣鴨大鳥神社12




いずれにしても、今日は酉の市。
狭い敷地・境内に熊手の売り手の声が響く。

      20191120巣鴨大鳥神社13


      20191120巣鴨大鳥神社14


      20191120巣鴨大鳥神社15


      20191120巣鴨大鳥神社16


      20191120巣鴨大鳥神社17


      20191120巣鴨大鳥神社18

過去、二度訪れているけれど
訪れる人のいない神社だったけれど
今日は、人が溢れている。

特設テントの授与所。

      20191120巣鴨大鳥神社19

御朱印は、こちらで拝受出来ます。


こちらが、巣鴨大鳥神社の御朱印。

      20191120巣鴨大鳥神社20

こちらの御朱印は宮司さんが対応するのではなく、
氏子さん主体で領布されているみたいです。

いずれにしても、念願の御朱印を拝受出来て良かった..............
2020/01/14 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪...............神田神社. (2019年11月20日)(東京都千代田区) 

11月20日   

この日は、インフルエンザの予防接種を受けるため
都内の御茶ノ水に出かけました。

予定の時間より、かなり早く着いてしまったために
御茶ノ水駅界隈の神社を参拝します。

妻恋神社をあとにして、向かった先は.............神田神社。

神田神社と言うより、神田明神って言った方わかりやすいかも。

神田神社に来るのは、これで3回目。
( 最初の参拝は こちら )( 2回目の参拝は こちら


社号標。

      20191120神田神社01



人神社社頭。

      20191120神田神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20191120神田神社03



随身門。

      20191120神田神社05



随身門の正面に掲げられ扁額。

      20191120神田神社06



随身門の前の由緒書き。

      20191120神田神社04



手水舎。

      20191120神田神社07


定番の龍の吐出口。

      20191120神田神社08



随身門をくぐって、先へと進みます。


こちらが拝殿。

      20191120神田神社09



拝殿正面。

      20191120神田神社10


      20191120神田神社11




別アングルからの拝殿。

      20191120神田神社13


      20191120神田神社14




拝殿正面に飾られた提灯。

      20191120神田神社15



拝殿前の狛犬。

      20191120神田神社16


      20191120神田神社17



こちらは、拝殿脇の獅子山。

      20191120神田神社18



大黒天。

      20191120神田神社12



時代も令和に変わった事だし、せっかくだから御朱印をと
御朱印帳を授与所に渡そうとしたら、
神田神社では、御朱印は書き置き対応になったそうです。

書き置き対応になってしまいましたが
2種セットで初穂料が300円。

えっ! っと思いながらも
この値段の対応は大歓迎。


こちらが、神田神社の御朱印。

      20191120神田神社19


      20191120神田神社20


平成から令和に変わったどさくさに、
御朱印の初穂料を500円にした神社が多い中
神田神社の英断に拍手です!!





2020/01/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪...............妻恋神社. (2019年11月20日)(東京都文京区) 

11月20日  

この日は、公休日。
元々、都内に出かける予定ではあったけど
急遽、インフルエンザの予防接種で
御茶ノ水の健保施設に出かけることになりました。

朝10時から10時40分が指定時間。
遅れるのも嫌だから、早めに家を出たら
9時過ぎに御茶ノ水に着いてしまいました。

1時間近くの時間がある。
と言うことで、以前訪れた 妻恋神社 に再訪しました。
( 前回の訪問記事は こちら


社号標。

      20191120妻恋神社01


神社社頭。

      20191120妻恋神社02


妻恋神社の説明板。

      20191120妻恋神社03

この場合、由緒書きみたいなモノですね。



手水鉢。

      20191120妻恋神社04



拝殿。

      20191120妻恋神社05


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191120妻恋神社06


そして、本殿。

      20191120妻恋神社07


境内社。

      20191120妻恋神社08



普段は無人の神社ですから、社務所は閉まっています。

      20191120妻恋神社09

残念!
諦めて帰ろうとしていたら、1人のかたがこちらに向かってくる。
参拝者かと思ったけど、どうやら違うようです。
声をかけて掛けてみたら、神社の関係者のようです。
(おそらく、氏子総代さんだと思います。)

どうやら、境内に落ち葉が溜まっているから
掃き掃除に来たらしい。

御朱印の事を尋ねたら、書置きで良ければ対応出来ると言うことで

『はい、書置き問題ありません。
是非、お願いします!! 』

しっかりとお願いしました。


こちらな妻恋神社、普段は無人。
御朱印を含めた授与品を欲しい方は
例祭の日に参拝するか、
予め、銀行振り込みをして、ネットで申し込み
郵送してもらうと言うことです。

まあ、知ってはいたんですが、わざわざ郵送で頼むのも如何なものか?
なんて考えもあったから、何とか宮司さんまたは関係者の方々と
お会い出来ればと、思っていました。

ネットには載っていませんでしたが
限定100体の御朱印も2種類あるようです。

      20191120妻恋神社10



社務所の電気が灯りました。

      20191120妻恋神社11



こちらが、妻恋神社の御朱印。

通常版。

      20191120妻恋神社12


限定御朱印。
天皇陛下即位記念。

      20191120妻恋神社13


限定御朱印。
即位礼正殿の儀記念。

      20191120妻恋神社14

念願の妻恋神社の御朱印、
何とか手に入れる事が出来ました。
これも、一つの縁だと思っています。


2020/01/13 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............福原小学校 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日


この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


常陸国出雲大社をあとにして、向かった先は.................笠間市立福原小学校。



福原小学校はの詳しい沿革については不明ですが
明治6年     開校。
昭和54年    稲田小学校に統合されて廃校となる。

と言った沿革のようです。




こちらが、福原小学校の正門跡。

      20191116福原小学校01


門柱は壊れてしまったのか?

      20191116福原小学校02

基礎部分だけ残っている。


少し離れた場所に置かれた(放置された?)門柱。

      20191116福原小学校03

危険だから、門柱は撤去されたのかもしれませんね。


廃校後、校舎は解体されて、
跡地には公民館が建てられたようです。

      20191116福原小学校04


      20191116福原小学校05


      20191116福原小学校06



敷地の一角に記念碑等がまとめられて置かれています。


二宮像。

      20191116福原小学校07


      20191116福原小学校08



校歌の碑。

      20191116福原小学校09



運動場拡張記念碑。

      20191116福原小学校10



正門跡の脇には、シンボルツリー?

      20191116福原小学校11

枝は落とされていますが、立派なイチョウの木。


そのイチョウの根元にも卒業の記念碑。

      20191116福原小学校12



公民館の前に遊具は移設されたのか?
校庭には遊具は無い。

      20191116福原小学校16


何も無いだけ、広く感じる校庭。

      20191116福原小学校13


      20191116福原小学校17



視界の先に見えるのは................

      20191116福原小学校14



先ほど訪れた常陸国出雲大社。


ズームで撮った拝殿。

      20191116福原小学校15


なかなか、ロケーション的には好立地なんだけど
少子化の波には勝てなかったんですね。











2020/01/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............愛宕 常陸国出雲大社 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


本戸小学校をあとにして、向かった先は............常陸国出雲大社。

常陸国出雲大社は、笠間市福原に鎮座する神社です。

歴史は以外に浅く、
平成4年、島根県の出雲大社から分霊されて創建されたそうです。
創建当初は、『出雲大社常陸』と称していましたが、
平成26年に現社号である『常陸国出雲大社』に改称したそうです。


御祭神は、大国主大神。



社号標。

      20191116出雲大社01



境内案内図。

      20191116出雲大社02



由緒書き。

      20191116出雲大社03



大鳥居。

      20191116出雲大社04



手水舎。

      20191116出雲大社05



定番の龍の吐出口。

      20191116出雲大社06



こちらが、拝殿。

      20191116出雲大社13



      20191116出雲大社07



実物は見た事が無いけれど、
島根の出雲大社同様、(って、島根の出雲大社には行った事ないけれど)
巨大な注連縄。

      20191116出雲大社08


圧巻です。

      20191116出雲大社09



拝殿正面。

      20191116出雲大社12



拝殿の扁額。

      20191116出雲大社11



びいすけ も参拝。

      20191116出雲大社10


      
別アングルからの拝殿。

      20191116出雲大社14



そして、こちらが本殿。

      20191116出雲大社17



拝殿前の狛犬。

      20191116出雲大社15


      20191116出雲大社16



境内社・薬神神社

      20191116出雲大社18


      20191116出雲大社19


      20191116出雲大社20


      20191116出雲大社21


      20191116出雲大社22


御祭神の少名彦那神は、大国主大神と兄弟の誓いを結び、
国造りをしたとされています。
特に医薬の道に秀でられ、薬神としての信仰があるそうです。



こちらは、境内社・龍蛇神社。

      20191116出雲大社23


      20191116出雲大社24


      20191116出雲大社25

大国主大神の使いの神として、
また、火難・水難の守護神として、
さらには、血の道の障りなどを除かれる神としての信仰があるそうです。



こちらが社務所。

      20191116出雲大社26

御朱印は、こちらで拝受出来ます。



御朱印を待つ間、拝殿隣の展望台にて。

      20191116出雲大社27

常陸の山深き。


こちらが御朱印。

      20191116出雲大社28

出雲には、おそらく行けないから
関東各地にある出雲大社詣でを頑張ることにいたしましょう。






2020/01/12 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............本戸小学校 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

友部小学校跡をあとにして、向かった先は............笠間市立本戸小学校。


本戸小学校は、

明治7年      富田藤右ヱ門氏宅を借用し、本戸小学校として創立する。
明治9年      広洞院庫裡 松本昌安氏宅を買収し校舎とする。
明治19年     本戸尋常小学校となる。
明治19年     稲田尋常小学校本戸分教場となる。
明治23年     南山内尋常小学校本戸分校となる。
明治25年     南山内村立本戸尋常小学校と改称する。
明治41年     現在地に校舎新築し移転。
昭和22年     学制改革により南山内村立本戸小学校と改称する。
昭和30年     笠間町・北山内村、大池田村が合併し新たな笠間町となる。
         笠間町立本戸小学校と改称する。
昭和33年     笠間町が市制施行して笠間市となる。
         笠間市立本戸小学校と改称する。
昭和57年     稲田小学校と南小学校とに地区別に分かれて統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、本戸小学校の正門。

      20191116本戸小学校01



門柱には、往時の表札が掲げられています。

      20191116本戸小学校02



廃校後、校舎は解体され、跡地は公民館が建てられたようです。

      20191116本戸小学校03


また、敷地の一部はゲートボール場として利用されているようです。

      20191116本戸小学校04



敷地の一角に石碑類が建ち並んでいます。

      20191116本戸小学校05


   

校歌の碑。

      20191116本戸小学校06


裏面には沿革が刻まれています。

      20191116本戸小学校07

大変参考になりました。



創立百周年の碑。

      20191116本戸小学校08



本戸善光寺の由来の碑。

      20191116本戸小学校09

碑文によれば、元々、この地には善光寺如来が祀られて居たけれど
所有者である西光寺の藤枝氏から寄進されたものだったけれど、
管理等の維持が困難となり、藤枝家の了承を得て売却することになったそうです。
後世にその事を残すために、この碑を建てたそうです。



こちらは、本戸小学校閉校記念碑。

      20191116本戸小学校10



創立百周年記念植樹の碑。

      20191116本戸小学校11



農村公園の門柱。

      20191116本戸小学校12

現在は、公民館が建てられていますが、
廃校直後は農村公園として利用されていたようです。



敷地の一角には消防倉庫。

      20191116本戸小学校13



廃校から37年。
校庭には遊具類は残っていない。

      20191116本戸小学校14



しかしながら、校庭に残る古い桜の木々は 
学校跡を感じさせてくれます。    

      20191116本戸小学校16


      20191116本戸小学校17



その校庭を徘徊する びいすけ 。

      20191116本戸小学校19


気になる臭いがあって、それを体に擦り付けたいのか?
はたまた、枯れ草を芝生と勘違いしているのか?

      20191116本戸小学校18

転がって体を地面に擦り付ける びいすけ 。
よっぽど気持ちが良いんだろうか...........?






2020/01/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・ 友部小学校跡 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


宍戸城址をあとにして向かった先は...........旧・友部町立 友部小学校跡。


お断り: 友部小学校は現役の小学校であり、廃校ではありません。



友部小学校は、

明治34年     宍戸尋常小学校の分教場として開校する。
明治37年     友部尋常小学校として開校する。
昭和22年     学制改革により、宍戸町立友部小学校と改称する。
昭和30年     宍戸町・大原村・北川根村と鯉渕村の一部が合併して友部町が誕生。
         友部町立友部小学校と改称する。
昭和48年     校地を移転する。

と、このような沿革となっています。


跡地は、JR友部駅近く,
友部駅前児童公園となっているようです。

      20191116旧・友部小学校跡01




確かに、学校跡の雰囲気を感じなくはない。

      20191116旧・友部小学校跡04



しかしながら、記念碑等の学校跡を示すものは無い。

      20191116旧・友部小学校跡05




でも、敷地境界のフェンス沿いの桜の木々が学校跡を彷彿されてくれる。

      20191116旧・友部小学校跡03



確固たる証しが無いから、『ここが本当に学校跡か?』と疑問符が浮かぶ中、
お孫さんを連れて、この公園に遊びにきた御老人がいた。


失礼を承知で、地元の人か?と訊ねると
地元の人だと言う。
その方に訊いてみると、間違いなくこの場所が
かつての友部小学校跡だと言う事です。



今は、近隣の避難場所でもある。

      20191116旧・友部小学校跡02




昭和48年に移転だから、今から46年前の事。
約半世紀前に移転したことになる。

      20191116旧・友部小学校跡06
   

      20191116旧・友部小学校跡08


      20191116旧・友部小学校跡09


      20191116旧・友部小学校跡10


友部町も平成18年に旧・笠間市と岩間町と合併して新しい笠間市となり
今は令和の時代を迎えることとなった。

この場所が学校だった事、
そして、かつては友部町と呼ばれていた事も
いつしか、忘れ去られてしまうんでしょうね。




2020/01/11 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宍戸城址 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

第二分校をあとにして、向かった先は...................宍戸城址。


宍戸城は、宍戸氏により、建仁3年(1203年)築城されました。

小田城主・八田知家の四男、家政が常陸国宍戸荘地頭職となり、
宍戸氏を称し、建仁3年(1203年)築城したのが宍戸城です。

宍戸氏は当初、小田氏に従っていましたが、佐竹氏の勢力が拡大し、
小田氏が衰退すると、佐竹氏の配下となります。
天正18年(1590年)小田原征伐に参陣した佐竹氏は、
秀吉より常陸大半の領有権を安堵されます。

関ヶ原合戦後の慶長7年(1602年)、佐竹氏は出羽国秋田へ転封となり
宍戸氏も帯同し、変わって秋田(安東)実李が五万石に減封され宍戸城に移されます。

この実季によって近世宍戸城が築かれたものとされています。

その後、秋田俊季が正保2年(1645年)に三春へ転封されると幕府直轄領となり、
さらに天和2年(1682年)に水戸藩主・徳川頼房の七男で、
徳川光圀の弟である松平頼雄が一万石を与えられると、城を陣屋に改めて支配しました
以後、松平氏が代々続き、元治元年(1864年)9代頼徳の時、天狗党の乱の鎮圧に失敗し、
藩主自ら幕府より責任を問われて切腹を言いわたされ、廃藩となります。




こちらが、中世の宍戸城の縄張り図。

      宍戸城址縄張り図15

              ( 余湖さんのHPからお借りしました )




末廣稲荷神社が鎮座する一帯が、宍戸城の本丸(主郭)跡となるようです。

      20191116宍戸城址01


平城であった宍戸城。
土塁と堀に守られた城でした。

城址は宅地へと開発され、
遺構は本丸跡に土塁が僅かに残るだけと言われています。

      20191116宍戸城址02


      20191116宍戸城址03


      20191116宍戸城址14



本丸跡の末広稲荷神社。

      20191116宍戸城址04


社号標。

      20191116宍戸城址05


鳥居。

      20191116宍戸城址06


由緒書き。

      20191116宍戸城址07



拝殿。


      20191116宍戸城址08


本殿。

      20191116宍戸城址09



本殿裏手に残る土塁。

      20191116宍戸城址12


      20191116宍戸城址13




土塁跡には、『宍戸の歴史』と称した説明板。

      20191116宍戸城址10

冒頭に綴ったような、宍戸の歴史が記されてている。


広大な宍戸城の縄張り図も記されている。

      20191116宍戸城址11



末廣稲荷神社の隣は、『旧陣屋コミュニティセンター』。
その奥は、民家となっているけれど
フェンスの向こうの民家の庭にも土塁が確認できる。

      20191116宍戸城址15


本丸跡地であるこの周辺にしか土塁跡と言う遺構しか残っていない。
宍戸城、その全貌が見たかった...............。



2020/01/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................岩間第一小学校第一分校   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日 

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

羽梨山神社をあとにして、向かった先は..........旧・岩間町立 岩間第一小学校第一分校


第一分校は、

明治37年     岩間尋常小学校第一分校設立
昭和22年     学制改革により岩間町立岩間小学校第一分校と改称する。
昭和29年     岩間町立第一小学校第一分校と改称する。
昭和58年     第一分校が廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、正門跡。

      20191116第一分校01



こんな看板が建てられています。

      20191116第一分校02

廃校後、『岩間体験学習館』となっているようです。



校庭側から覗いてみましょう。

      20191116第一分校03

平屋建ての木造校舎ですね。



校舎全景。

      20191116第一分校04


   

別アングルから。

      20191116第一分校05


      20191116第一分校06



校舎をいろんな角度から眺めてみましょう。

      20191116第一分校07


      20191116第一分校08


      20191116第一分校09


      20191116第一分校10


      20191116第一分校11


      20191116第一分校12


      20191116第一分校13


      20191116第一分校14


      20191116第一分校15

廃校から36年。
他の施設に流用されているからとは言え
こうやって木造校舎が残っていてくれると
やっぱり嬉しいものです。



でも、校舎をグルッと一回りしても、
二宮像や廃校記念碑の類いは残っていない。




内部はこんな感じ。

      20191116第一分校16




校庭。

      20191116第一分校17


残念ながら、校庭にも二宮像や記念碑等は無い。
そして、遊具類も残っていない。


確認できるのは、桜の木々。

      20191116第一分校19



お約束とも言える消防倉庫はあるんですね。

      20191116第一分校18



取っ手が無く、壊れたまま放置されたローラー。

      20191116第一分校20


学校らしいと言えば、コレぐらい。


岩間体験学習館と言う事だけど、どうも使われている感じがしない。
結局、避難場所としてしか使われないのだろうか.............?


2020/01/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............羽梨山神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日 

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

笠間市の中でも旧・岩間町域を中心に巡りました。
向かった先は................羽梨山神社。



羽梨山神社は、笠間市上郷に鎮座する神社です。


古くは羽梨山の中腹に鎮座していたそうです。

天智天皇3年(664年)、桜の多い羽梨山の中腹に
木花咲耶姫命を祀る祠を建立したこととをきっかけに、
「花白山神社」と呼ばれるようになったそうです。

延暦22年(803年)には坂上田村麻呂が陸奥征討の戦勝祈願し、
社殿を寄進したそうです。
また、平将門の乱では、平貞盛が弓矢、砂金を奉納し、
平将門征伐の戦勝祈願をしたそうです。
平安時代には源頼義、源義家が矛、太刀、鎧、神馬を奉納し、
鎌倉時代には鎌倉から移り住んだ宍戸家政が社殿を建て替えたとされています。

天正11年(1542年)、兵火により羽梨山の中腹の社殿が焼失し、
現在の鎮座地となる山麓の熊野権現に合祀されたそうです。


御祭神は、木花咲耶姫命。



羽梨山神社の看板。

      20191116羽梨山神社01



神社社頭。

      20191116羽梨山神社02



鳥居には太い注連縄。

      20191116羽梨山神社03



鳥居前の狛犬。

      20191116羽梨山神社04


      20191116羽梨山神社05



手水舎。

      20191116羽梨山神社06



神橋。

      20191116羽梨山神社07



拝殿。

      20191116羽梨山神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191116羽梨山神社09



こちらは、奉納額

      20191116羽梨山神社13




別アングルからの拝殿。

      20191116羽梨山神社11


      20191116羽梨山神社12






そして、こちらが本殿。

      20191116羽梨山神社14


      20191116羽梨山神社15




びいすけ も参拝。

      20191116羽梨山神社10



本殿裏手の御神木。

      20191116羽梨山神社16
      20191116羽梨山神社17



傍らには、大スギの説明板。

      20191116羽梨山神社18



境内の由緒書き。

      20191116羽梨山神社19



御神木と社殿。

      20191116羽梨山神社20
      20191116羽梨山神社21
      20191116羽梨山神社22



こちらが社務所。

      20191116羽梨山神社23

普段は無人の神社。
六所神社とおおなじく、笠間稲荷神社の禰宜さんで、
愛宕神社の神職さんの兼務社らしい。
神職さんと連絡が取れ、御朱印の相談をすると
氏子総代さんに連絡を取って下さり、
神社で待ち合わせて御朱印を頂くことができました。

こちらが、その御朱印。

      20191116羽梨山神社24

この御朱印を頂けたのも、一つの縁。
こういった縁を大事にしていきたいモノです。



2020/01/09 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 吾国山愛宕山ハイキングコース 》 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

この日訪れたのは、笠間市でも旧・岩間町地区を中心に巡りました。
平成18年に旧・笠間市と岩間町、友部町が合併して誕生したのが現在の笠間市です。

そんな岩間地区、JR常磐線岩間駅前に、こんな碑が建てられています。

      20191116茨城百景01


   
『茨城百景 吾国山愛宕山ハイキングコース』の碑です。

      20191116茨城百景02



この日訪れた愛宕神社・あたご天狗の森の駐車場に
『吾国山愛宕山ハイキングコース』の案内板を目にしました。

吾国山愛宕山ハイキングコースは、最寄りの交通機関であるJR常磐線 岩間駅を起点として
愛宕山、吾国山を縦走するハイキングコース。
岩間駅を起点とした場合、ゴールはJR水戸線 福原駅となるようです。

 

岩間駅前のロータリーから眺める愛宕山。

      20191116茨城百景03

岩間駅から愛宕山までは3kmちょっとの距離のようです。



実際にハイキングコースは歩いてはいませんが
ハイキングコースの一部。
ちょうど六所神社の参道入口。

      20191116茨城百景04


ここから、愛宕山まで2.5kmになるようです。

      20191116茨城百景05


こちらが、愛宕山。

      20191116茨城百景06

『愛宕神社』、『あたご天狗の森』があります。



標高305mの愛宕さんからの眺望はなかなかのモノ。

      20191116茨城百景07


      20191116茨城百景08



愛宕山は桜の名所。
春には桜を求めて多くの人が訪れるらしい。

      20191116茨城百景09



こちらは、JR水戸線 福原駅前に建つ碑。

      20191116茨城百景10


      20191116茨城百景11



駅前のハイキングコースの案内板。

      20191116茨城百景12



岩間駅をゴールにするならば、こちらがスタート地点になる。

      20191116茨城百景13


      20191116茨城百景14

駅前からハイキングコースは、要所、要所で案内板が導いてくれているようです。


昭和25年に制定された茨城百景。
かなりの月日が経ち、その風景・眺望はかなり変わってしまったと思うけれど
このハイキングコースは、今の笠間市の多くの自然を残し、変わらずにいて欲しい。

実際に走破していない人間が言うのも気が引けるけど、
多くの人が、このハイキングコースを堪能して貰えればと願います。


2020/01/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............合気神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

六所神社をあとにして、向かった先は..............合気神社。


合気神社は、笠間市吉岡に鎮座する神社です。

合気道の開祖である植芝盛平が昭和10年代に厳しい修行を重ね、
合気道道を完成させた地として創建したとされています。
開祖自身、ここを「合気道の産屋」と称しており、
日本古来の武術から発展し、心身鍛練のための武道「和の武道」として、
今や世界各地に広がりを見せる合気道の聖地ともされています。


御祭神は、須佐之男大神 武甕槌大神 経津主大神をはじめ、
     開祖 植芝盛平翁の守護神 猿田彦大神 国津竜王 
     九頭竜大権現 手力男命 天叢雲九鬼沙牟波羅竜王 
     家津美御子大神 稚産霊命の他、多くの祭神を祀っています。



社号標。

      20191116合気神社01


      20191116合気神社02



この社号標、昭和18年に建立されたモノのようです。

      20191116合気神社03



神社社頭。

      20191116合気神社04

境内は、掃き掃除が行き届いています。
この時も、外人の方が二人で掃き掃除をしていました。
合気道の修行か何かをされている方々でしょうか?
黙々と掃き掃除をしていました。

そんな状態ですので、びいすけ は、ここまで。
車の中でお留守番。




手水舎。

      20191116合気神社07



拝殿。

      20191116合気神社05



別アングルからの拝殿。

      20191116合気神社08


      20191116合気神社09



こちらが、本殿。

      20191116合気神社10



そして、拝殿前には、合気道開祖の植芝盛平翁の銅像。

      20191116合気神社11



こちらが、御朱印と言っていいのか?
参拝記念のスタンプカード。

      20191116合気神社12



拝殿前に置かれていて、自分で日付を入れるタイプ。

      20191116合気神社13


このあと、御朱印帳にしっかりと貼り付けさせていただきました。

2020/01/08 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............六所神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日 

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


『あたご天狗の森』をあとにして、向かった先は............六所神社。


六所神社は、笠間市下郷上町に鎮座する神社です。

創建は康平元(1058)年とされ、
八幡太郎義家が奥州征伐の途中、源氏の守護神である八幡宮を
この地に移してきたのが始まりとされています。

明治5年(1872年)一郷一社制により、
周辺の6つの神社が併合され、六所神社と改称され総鎮守となったそうです。



社号標。

      20191116六所神社01



神社社頭。

      20191116六所神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20191116六所神社03



参道。

      20191116六所神社05




手水舎かと思ったら、井戸でした。

      20191116六所神社04





こちらが、手水舎。

      20191116六所神社06




拝殿。

      20191116六所神社07



参道の狛犬。

      20191116六所神社08


      20191116六所神社09



拝殿正面。

      20191116六所神社10



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191116六所神社11



びいすけ も参拝。

      20191116六所神社12



別アングルからの拝殿。

      20191116六所神社13


      20191116六所神社14



拝殿には神輿も飾られている。

      20191116六所神社15



こちらが、本殿。

      20191116六所神社16




境内社・蚕影神社。

      20191116六所神社17


      20191116六所神社18




聖徳太子。

      20191116六所神社19




社殿と御神木。

      20191116六所神社20
      20191116六所神社21
         20191116六所神社22



社務所と御神木。

       20191116六所神社23
      20191116六所神社24


      20191116六所神社25
      20191116六所神社26



こちらが社務所。

      20191116六所神社27

普段は無人の神社ですが、笠間稲荷神社に籍を置き(禰宜)、
普段は愛宕神社に奉職されている神職さんが兼務されているそうです。




そうとは知らず、神社に貼られていた連絡先に電話をしていたら
近寄ってきた男性に声をかけられました。

なんと、六所神社の氏子総代さんでした。
御朱印の応対もしていただけると言う事で
いただいた御朱印がこちら。

      20191116六所神社28


氏子総代さんにお会いできなかったら
御朱印をいただくこともできなかったでしょう。
これも、縁ですね。
良い縁に巡り会えました。



2020/01/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

あたご天狗の森 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

この日、参拝に訪れた愛宕神社は愛宕山の山頂近くに鎮座しています。
その愛宕神社近くに『あたご天狗の森』と言う公園があります。

      20191116あたご天狗の森01

標高305mの愛宕山に広がる公園です。



この愛宕山には、笠間市が運営する『スカイロッジ』と言うバンガローがあり
宿泊や日帰りのBBQも出来るそうです。
また、愛宕山(標高 306m)から難台山(標高 553m)を経由して
吾国山(標高 518m)までの『吾国愛宕ハイキングコース 』の起点となっているため
駐車場も完備されています。

      20191116あたご天狗の森02

マイクロバスで訪れる人たちも居るようですね。


なによりも標高が標高305m。
この高さからの展望を求めて訪れる人も多いようです。

      20191116あたご天狗の森03



『筑波山麓ジオパーク』の一部でもあるようです。

      20191116あたご天狗の森04



『吾国愛宕ハイキングコース 』の案内図。

      20191116あたご天狗の森05



この先が、吾国山。

      20191116あたご天狗の森16




確かに、眺望は良い。

      20191116あたご天狗の森06



展望デッキには石碑も建つ。

      20191116あたご天狗の森07



碑文は、.................

      20191116あたご天狗の森08

この場所は、恋人の聖地らしい。



こんなモニュメント建つ。

      20191116あたご天狗の森09



四阿があって..............

      20191116あたご天狗の森10



遊具もあって............

      20191116あたご天狗の森11



眺望も良い。

      20191116あたご天狗の森12



まさに、休日にお弁当を持って訪れる場所ですね。

      20191116あたご天狗の森13


 

斜面の芝生の匂いを嗅ぎながら,周りを徘徊する びいすけ 。

      20191116あたご天狗の森14



野生動物の匂いでも残っているんでしょうか?

      20191116あたご天狗の森15



この笑顔から判断すれば、ご機嫌みたいです。

      20191116あたご天狗の森17


元々、この『あたご天狗の森』目的で来た訳じゃ無いんだけど
良い場所を見つけたと思っています。

また、いつか訪れたいものです。



2020/01/07 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............愛宕神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日  

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

第二分校をあとにして、向かった先は..............愛宕神社。


愛宕神社は、笠間市泉の愛宕山に鎮座する神社です。


筑波山知足院の開基徳一大師の創建といわれ、
社伝によると、大同元年(806年)の創祀とされています。
元は愛宕権現で、俗に「泉の愛宕」と呼ばれていたそうです。
日本三大火防神社のひとつと言われています。
全国に数多くある愛宕神社でも、有数の歴史を誇る神社とされています。

中世、宍戸氏の崇敬を受け、
江戸時代には幕府より朱印地三石が与えられたそうです。


愛宕神社の奥社は、飯綱神社と称していて、
式内社『夷針神社』の論社とされ、天狗伝説も残されています。

愛宕神社が鎮座する愛宕山は、古くは岩間山と言われていました。
岩間山は、筑波山、加波山と並び天狗伝説の残る修験道場の一つでした。
ここには最初5人の天狗が住んでいましたが、だんだん増えて 12人となり、
やがて長楽寺からひとりの天狗が加わり、 13人の大、小天狗が住むようになり、
「十三天狗」と呼ばれるように なりました。
天狗たちは、羽団扇を持って雲にのり、大空を矢よりも早く飛び 妖魔を打ち払い、
厳しい修行で身につけた術によって重い病人 を救ったり、
天候を予知して作物の豊凶を占ったりして、人々を 幸せにしていました。
現在でも飯綱神社の裏側に「十三天狗の祠(ほこら)」と言われる十三個の石の祠や、
天狗修行の地と言われる石尊などが残っているそうです。


御祭神は、火之迦具土命。
配祀として、伊弉册大神、火結命、水波女命、埴山比賣命。



愛宕山の麓から車でクネクネとした車道を走り
社務所裏手の駐車場まで行けますが
大鳥居の手前の『あたご天狗の森』の駐車場に車を停め
正面から参拝と行きましょう。


『あたご天狗の森』に建つ看板。

      20191116愛宕神社01



その脇には、大鳥居。

      20191116愛宕神社02



掲げられた神額。

      20191116愛宕神社03



参道口。

      20191116愛宕神社05



参道口の道祖神。

      20191116愛宕神社04



長い石段が続きます。

      20191116愛宕神社07



石段を上りきった先には、手水舎。

      20191116愛宕神社08



さらに、その先には拝殿。

      20191116愛宕神社09


      20191116愛宕神社10



拝殿正面。

      20191116愛宕神社11


       20191116愛宕神社12


       20191116愛宕神社15



拝殿正面に掲げられた扁額。

       20191116愛宕神社13



その近くには、奉納額。

       20191116愛宕神社14




びいすけ も、しっかりと参拝。

       20191116愛宕神社16



別アングルからの拝殿。

       20191116愛宕神社17


       20191116愛宕神社18



拝殿側面から。

       20191116愛宕神社19



そして、こちらが本殿。

       20191116愛宕神社20



本殿裏手の案内板。

       20191116愛宕神社21

この先の石段を上がれば、奥社の飯綱神社。



こちらが飯綱神社。

       20191116愛宕神社22

台風の影響で何かあったのでしょうか?
ブルーシートが生々しい。


飯綱神社の奥には六角堂。

       20191116愛宕神社23



そして、その背後には天狗の十三祠。

       20191116愛宕神社24


       20191116愛宕神社25



拝殿前の天水桶。

       20191116愛宕神社28




拝殿前の狛犬。

       20191116愛宕神社26


       20191116愛宕神社27





境内の社号標。


       20191116愛宕神社29




御泉井神。

       20191116愛宕神社30



社務所。

       20191116愛宕神社31



授与所。

       20191116愛宕神社32

御朱印はこちらで拝受出来ます。




そして、こちらが愛宕神社の御朱印。

       20191116愛宕神社33



奥社の飯綱神社の御朱印。

       20191116愛宕神社34


常時、神職さんの居る神社ですが、
笠間稲荷神社に在籍されている神職さんが奉職されているようです。







2020/01/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................岩間第一小学校第二分校   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日  

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

笠間市は平成18年に旧・笠間市と友部町、岩間町が合併して誕生しました。
今回は、その岩間町、友部町を中心に巡ってみました。

向かった先は...............旧・岩間町立 岩間第一小学校第二分校。



第二分校は、

明治37年     岩間尋常小学校第二分校設立
昭和22年     学制改革により岩間町立岩間小学校第二分校と改称する。
昭和29年     岩間町立第一小学校第二分校と改称する。
昭和54年     岩間町立第三小学校が開校となり、第ニ分校が廃校となる。

と、このような沿革となっています。


岩間駅に向かう県道沿いに
こんな案内板が建っています。

      20191116第二分校01



県道から200m入ったところにある広場。
こちらが、第二分校跡です。

      20191116第二分校02



正門跡。

      20191116第二分校03




時代を感じさせる石造りの門柱。

      20191116第二分校04




広場というだけあって、本当に広い(笑)。

      20191116第二分校05


      20191116第二分校06



校舎は解体されていて何も無い。
門柱以外、遺構が無い。

      20191116第二分校07



記念碑らしきモノが無い。

      20191116第二分校08



敷地の境界線には桜の木。
分校時代の名残りでしょうか?

      20191116第二分校09


      20191116第二分校12




廃校後、野球か何かのグランド、あるいは運動場として利用されていたのでしょうか?
椅子が並んで、見学できるようになっている。

      20191116第二分校10


      20191116第二分校11


   

やっと見つけた遺構らしきモノ。

      20191116第二分校13


レンガで作られた焼却炉。
もう長い事使われていないので、草に覆われている。

これは第二分校の時のモノだったのだろうか.............?






2020/01/06 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 菊田神社    (2019年11月14日)(千葉県習志野市) 

11月14日 

この日は、遅番勤務。
午後からの出勤ですが、この日は11月14日。
大嘗祭の日です。

既に他の方のブログでネットでアップされていましたが
津田沼(習志野市)の菊田神社でも大嘗祭に関連する御朱印が
領布されているようなので、出勤前に参拝して
御朱印を拝受して来ました。




社号標。

      20191114菊田神社01



神社社頭。

      20191114菊田神社02



鳥居の神額。

      20191114菊田神社03



参道の狛犬。

      20191114菊田神社04


      20191114菊田神社05



参道からの拝殿。

      20191114菊田神社06




手水舎。

      20191114菊田神社07



拝殿。

      20191114菊田神社08



拝殿正面。

      20191114菊田神社09


      20191114菊田神社10



拝殿正面の提灯。

      20191114菊田神社11



御朱印待ちは、この時点では3人。
思いのほか空いています。

      20191114菊田神社15



御朱印の受付番号は44番。

      20191114菊田神社12

朝から44人目と言うことか...........


この時点でちょうど時刻は12:00。
大原神社からハシゴでお昼を抜いてきたから空いていて良かった。


それでも10分以上待って御朱印帳が戻ってきました。

      20191114菊田神社13


      20191114菊田神社14


いずれも大嘗祭に関連する御朱印。
凝ったデザインで、書き置き(流行のカラーコピー)ではありません。
御朱印帳に書いていただけるって言うところが凄い。
確かにスタンプも流用しているとは思うけれど
このデザインを見れば、時間が掛かるのは仕方がない気がします。


2020/01/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 大原神社    (2019年11月14日)(千葉県習志野市) 

11月14日

この日は、遅番勤務。
11月14日は大嘗祭当日になります。

先日の10月22日の即位の礼の際、
多くの神社で特別な御朱印を領布されていたので
この大嘗祭について色々と調べていたら
千葉県内でも幾つかの神社にて特別な御朱印が領布されるようです。


毎月、月詣をしている大原神社もその1社でした。
まぁ、大原神社の場合、毎月、月替わりの御朱印を領布されているので
何となく予想は出来ました。


午後からの出社なので、出勤前の午前中に参拝に立ち寄りました。



神社社頭。

      20191114大原神社01



鳥居。

      20191114大原神社02



参道。

      20191114大原神社03



参道の狛犬。

      20191114大原神社04


      20191114大原神社05



手水舎。

      20191114大原神社06



拝殿。

      20191114大原神社07



拝殿正面。

      20191114大原神社08


      20191114大原神社09



今月もしっかりと参拝いたしました。


この日領布されている御朱印です。

      20191114大原神社10

相変わらず、種類が多い。



そして、相変わらず、御朱印待ちの参拝者が多い。

      20191114大原神社11



この日の受付番号は58番。

      20191114大原神社12

朝から58人目って事なのかな?


受付してから約30分後、御朱印帳が戻ってきました。


こちらが、御朱印。
今月の限定御朱印。 鳳凰 霜月。

      20191114大原神社13

今日は特別に『大嘗祭の儀』と一言添えられている。



そして例の特別版。
書き置きですが 『大嘗祭』。

      20191114大原神社14


来月は、どんな御朱印が領布されるんでしょう?


2020/01/05 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit