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び・び・びのびいすけ

茨城百景  《 化蘇稲荷神社 》   (2016年11月12日)(茨城県行方市) 

11月12日  公休日

この日は、茨城県の行方市周辺の茨城百景巡りに出かけました。


茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。

そんな訳で、この日最初に向かったのは...............茨城百景 化蘇沼稲荷


化蘇沼稲荷とは、北浦村(現:行方市)内宿に在る化蘇沼稲荷神社のことで
文明10年(1478)の創建と伝えられています。
「関取稲荷」の別名があり、古くから豊作祈願の行事として奉納相撲が行われることで有名です。
この相撲は取り組む力士を田と畑に見立て、
勝ったほうの作物(稲作か畑作か)が豊作になるといわれています。
天保年間(1830~1844年)に江戸相撲で活躍した当町出身の鹿島灘鰐右衛門(四代目秀ノ山親方)が
奉納相撲をしたことで一段と盛んになったということです。
 
現在も毎年8月25日の夏祭りにこの相撲が氏子地区対抗戦の形で行われ、人気を呼んでいます。
夏祭りには、このほか巫女舞が奉納されます。
当番地区内の小学6年生の女子が雅楽に合せて古式ゆかしく舞うもので、
昭和21年から行われているそうです。


県道184号線を旧・武田小学校方面から北上すると
右カーブの先に鳥居が見えてきます。
 
      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社01



鳥居の脇にひっそりと建つ茨城百景の碑。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社02



裏面には昭和25年5月選定と刻まれています。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社03



思いのほか、簡単に見つかった茨城百景の碑。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社04



真新しい木の鳥居は、東日本大震災で石造りの鳥居が崩壊してしまったために
新しく作り直されたモノらしい。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社05



この道を真っ直ぐに行けば、化蘇沼稲荷神社。
いわゆる参道です。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社06


参道の両脇には古い桜の木々。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社07

春は桜の名所かも知れない。


参道からは、筑波山も見えたりして
なかなか風光明媚な場所にようです。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社08


参道の奥は、化蘇沼稲荷神社。
石造りの二の鳥居が出迎えてくれます。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社09



鳥居脇の説明板。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社10

今でこそ行方市ですが、茨城百景が選定された昭和25年当時は武田村。
昭和30年に北浦村となり、平成9年に北浦町。
平成17年に行方市と変遷しています。



鳥居前にて一枚パチリ。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社11


こちらが拝殿。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社12


拝殿前のお稲荷さんと一枚パチリ。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社13


何やら、不思議な像。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社14

どうやら寸津比古(きつひこ)・寸津比売(きつひめ)の彫刻らしい。



像の脇には説明板。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社15

説明板には、常陸風土記の行方の芸都(きつ)の里の話が書かれています。
要約すれば...............

昔、この辺りを芸都(きつ)の里と呼び、寸津比古、寸津比売と言う二人の国栖(くず)が居ました。
寸津比古は、倭武天皇の巡幸を前にして、命に逆らい、はなはだ無礼な振る舞いをしたので、
剣の一太刀で討たれてしまいました。
寸津比売は、恐れをなして白旗をかかげて道端にひれ伏し、天皇を迎えました。
それを見た天皇は憐れみ、その家をお許しになられました。
更に乗輿を進め、小抜野の仮宮に行かれるときに、寸津比売は、姉妹をともに引き連れ、
雨の日も風の日も、真の心を尽くして朝夕に仕えました。
天皇姿をお喜びになり愛しくなったことから、
この野をうるはしの小野と呼ぶようになったと言うことです。



常陸の国は常陸国風土記から常世の国とも呼ばれていて、
その語源は「面積はすこぶる広大で、境界もまたはるかに遠く、
土壌は肥えに肥え、原野はゆたかなうえにも豊かです。
耕し墾かれた処と海山の幸にめぐまれて、人々は心やすらかに満足し、
家々は充ち足りて賑わっていました。
いわゆる、海の宝庫・陸の宝蔵、膏したたる物産の楽土である
ゆえに、常世の国と言われた」 と伝わっているようです。

常陸の国って奥が深いかも?





境内でひときわ目立つ巨木。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社16

この巨木(古木)はモミの木で、幹回り約4m、樹高約16m、樹齢は約360年と言われていて、
北浦村(現:行方市)の天然記念物に指定されているようです。


行方市教育委員会の説明板。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社17



別アングルから見ても、やっぱり大きい。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社18


北浦村時代の標柱。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社19



こちらの樹は、今の平成天皇が皇太子の時に植えられた楠木らしい。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社20



本殿のさらに奥には、土俵。

      20161112茨城百景 化蘇稲荷神社21

この場所で夏祭りに際に奉納相撲が行われます。
化蘇沼稲荷神社は別名「関取稲荷」といわれるようで、昔から相撲が盛んだったようです。


古くは三宿と呼ばれ(武田、内宿、両宿)賑わいをみせていたようです。
特にこの化蘇沼稲荷神社は江戸中期以降、参拝者が増え
境内には9軒の茶屋が誕生したそうです。
「お江戸見たけりゃ武田へおいで、武田三宿江戸勝り」
と人々が唄うまでになったそうです。

現在の長閑なこの地区からは、とても考えられませんね。


2016/11/25 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 牛久沼 》   (2016年10月7日)(茨城県つくば市) 

10月7日 公休日

茨城県には、昭和25年に制定された『茨城百景』なるモノがあります。

茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


『 茨城百景 龍ヶ崎観音 』をあとにして向かった先は...............茨城百景 牛久沼


牛久沼と言うと、牛久市と思いがちですが
『 茨城百景 牛久沼 』の茨城百景の碑は、旧・茎崎町であるつくば市の泊崎太子堂に在ると言うことで
泊崎太子堂へと向かいました。

泊崎太子堂は、弘法大師(空海)がこの地を訪れ千座護摩を修めたところに建てられたと伝えられています。
昔から縁結びと長寿にご利益があるされていて、別名、弘法大師堂とも呼ばれています。
今ではここにお参りすると長患いせずに人生の最後を迎えられるとして
多くの人々の信仰を集めています。
牛久沼を見下ろす高台にあり、風光明媚な場所です。
大師堂の参道には「茨城百景 牛久沼」の碑があります。
大師堂のある場所は、つくば市の最南端となります。

また、弘法大師が訪れたこの地には、弘法の七不思議と言う伝説が残されています。

1、駒の足跡(こまのあしあと)。
駒(馬)に乗って弘法大師が現れ、小川に架かる石橋を渡ったときに
足跡が残ったとされる。
2、木瓜(ぼけ)。
弘法大師がこの地を訪れる際通った山道の木瓜は、
それ以来、実をつけなくなったという。
3、逆松(さかさまつ)。
弘法大師が持っていた松の杖が根付いたものとされる。
4、硯水(すずりみず)。
弘法大師が字を書くときに使ったとされる湧き水。
5、独鈷藤(とっこふじ)。
大師堂の藤の節が独鈷の形に似ていることからその名がつけられた。
6、五葉の杉(ごようのすぎ)。
大師堂にあった杉の木の葉が5枚の葉をつけていたとされています。
7、法越(のっこし)。
弘法大師が、馬に乗って川を渡った場所が法越で、
以来その場所には藻が生えなくなった。

現在、駒の足跡と逆さ松が大師堂にあり、硯水は失われていたが、
大師堂の近くに再現されました。それらも以外は残念ながら現存していません。


こちらが泊崎太子堂の入り口。

つくば市の観光案内図と弘法の七不思議の説明看板が建っています。

      20161007茨城百景牛久沼01


正面に見えるお堂が泊崎太子堂。

      20161007茨城百景牛久沼02


参道には、弘法大師の像と茨城百景の碑。

      20161007茨城百景牛久沼03



『 茨城百景 牛久沼 』の碑。

      20161007茨城百景牛久沼04



弘法の七不思議の『逆松』と『駒の足跡』

      20161007茨城百景牛久沼05


高台に建っている泊崎太子堂。

      20161007茨城百景牛久沼06



泊崎太子堂の扁額。

      20161007茨城百景牛久沼07



太子堂の建っている高台は削平地。

      20161007茨城百景牛久沼08

かつては泊崎城が在った場所らしい。



太子堂背後の牛久沼。

      20161007茨城百景牛久沼09



この風景が茨城百景。

      20161007茨城百景牛久沼10



この日は晴れているから、青空に牛久沼が映えています。

      20161007茨城百景牛久沼11



泊崎太子堂の近くに、こんな看板。
どうやら、弘法の七不思議の一つ『硯水』が近くにあるようです。

      20161007茨城百景牛久沼12

せっかくだから、探してみましょう。



此所か? と思ったら違っていた。

      20161007茨城百景牛久沼13


七浦弁財天でした。

      20161007茨城百景牛久沼14



七浦弁財天は、牛久沼の湖畔に鎮座していました。

      20161007茨城百景牛久沼15


七浦弁財天に隣接する泊崎弁財天。

      20161007茨城百景牛久沼16


何故だか、弁天様が多い。

      20161007茨城百景牛久沼17

そもそも弁財天は、泉や島や港湾の入り口などに、弁天社や弁天堂として数多く祀られていたり、
弁天島や弁天池など地名として残っていることもあるから、
いずれにしても海や湖や川などの水に関係していることが多いみたいです。



肝心の『硯水』は見つかりません。

いつの間にか、牛久沼の湖畔に来てしまいました。

      20161007茨城百景牛久沼18



さらに、歩くこと5分。

やっと『硯水』を見つけました。

      20161007茨城百景牛久沼19



伝説の湧水のようですが、残念ながら枯れる寸前のようです。

      20161007茨城百景牛久沼20


『 茨城百景 牛久沼 』は、包括地点として
泊崎、大師堂、岡見城址、小川芋銭の遺蹟、釣場、猟場金龍寺を有しています。

泊崎や太子堂は旧・茎崎町(現・つくば市)であり、
岡見城址、小川芋銭の遺蹟は牛久市にあたる。
涸沼の例もあるから、ひょっとしたら牛久市側にも百景の碑があるんだろうか?







2016/11/04 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 龍ケ崎観音 》   (2016年10月7日)(茨城県龍ヶ崎市) 

10月7日 公休日

茨城県には、昭和25年に制定された『茨城百景』なるモノがあります。

茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


と言う事で、この日は茨城百景巡りに出掛けました。


『 茨城百景 大利根の展望 』をあとにして、向かった先は...............茨城百景 龍ヶ崎観音


龍ヶ崎観音は、安産や子育ての観音様として古くから多くの人に親しまれています。
本尊は安産聖観世音菩薩です。

平安の昔、京の都及びその周辺諸国では難産に苦しむ人が多くいました。
天皇は弘法大師空海(774年~835年)に勅して、この難を除かんと欲しました。
大師はこの危難を救う為に、自ら彫刻の志を起こし、観世音菩薩の尊像を成就しました。
日光山を開山した勝道上人(735年~817年)の高弟蓮雪法印は、
これを憂い、大師に乞うて観世音菩薩の尊像を東国に移し、
この地に安置して建立されたのが、龍泉寺(龍ヶ崎観音)の始まりであります。


時は移り、天正年間(1573年~1592年)になると、
龍ヶ崎城主土岐胤倫公の息女、虎姫(お福の方)は、
江戸崎城主である兄、治綱公の嫡男頼英公のもとへ嫁ぎ懐妊します。
しかし、十月十日の臨産に至りますが、出産の気配は無く身体は苦しみ、
医薬を尽くしても効果はありませんでした。
これを聞いた江戸崎不動院住持の慈眼大師天海(後に上野寛永寺を開山)は、
龍泉寺より尊像を請来し、17日間城内にて安産の秘法を修して、
やがて虎姫は玉の様な御男子をご出産されたそうです。
土岐氏はこれを喜び、御堂を造立し、お福の方にちなんで、
東福山水天院の号を比叡山延暦寺より賜ったと伝えられます。



こちらが、龍泉寺の山門。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音01


山門の扁額。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音02

山号である、『東福山』が確認出来ます。



境内と言うか駐車場。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音03


時期的なのか?
七五三の幟が多い。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音04



茨城百景の碑は、境内に片隅に建てられています。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音05



こちらが、『 茨城百景 龍ヶ崎観音 』の碑。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音06



こちらが本堂。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音07

ちょうど、安産祈願を行っているようで、何人かの人が本堂から出入りしていました。

邪魔になるといけないので、早々に本堂前から撤収します。


本堂脇の小さなお地蔵さん。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音08



見る人が見れば分かるお地蔵さん。
不幸にして、生まれてくる事が出来なかった魂を弔うお地蔵さん。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音09

正面のお堂の中で熱心にお参りしていた女性の姿を見て
思わず、場違いな場所に来てしまった...............。
場違いな場所に犬を連れて来てしまった...............。

そんな後悔と言うか、懺悔感に支配され
その場から離れる事しか頭に浮かばなかった。

早々にこの場を撤収することにしました。


『 茨城百景 龍ヶ崎観音 』...............個人的にはとても百景ではありませんでした…



2016/11/03 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 大利根の展望 》   (2016年10月7日)(茨城県北相馬郡利根町) 

10月7日  公休日

茨城県には、昭和25年に制定された『茨城百景』なるモノがあります。

茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


と言う事で、この日は茨城百景巡りに出掛けました。

まず最初に訪れたのは...............茨城百景 大利根の展望

百景の周辺に景勝地などが固まっている地区においては、
包括風景としてそれらも合わせて選定しているようです。

大利根の展望は包括地点として、
大利根橋、小文間大六天、小文間城址、戸田井橋、布川栄橋、徳満寺、来見寺が含まれます。


『茨城百景 大利根の展望』の碑は、徳満寺の境内に在ります。


こちらが、徳満寺。

山門下になります。

      20161007茨城百景利根川の展望01

車は、この山門下のスペースに停めると良いでしょう。


県道4号線側の入り口。
徳満寺の寺号標。

      20161007茨城百景利根川の展望02

こちら側にも駐車場があるけれど、幼稚園が隣接しているから
出し入れにちょっぴり不便。

この徳満寺は、戦国時代の布川城跡でもあります。

      20161007茨城百景利根川の展望11

城址巡りを趣味としている身ですから、当然『布川城址』として
この徳満寺に訪れたことが有りますし、
茨城百景の碑の存在も確認しています。



徳満寺の山門

      20161007茨城百景利根川の展望03

実は、茨城百景の碑は元々、この山門脇に建っていたらしい。
山門の建て替え時に、碑は移動されたらしい。



こちらは、客殿。

      20161007茨城百景利根川の展望04


そして、こちらが地蔵堂(本堂)。

      20161007茨城百景利根川の展望05



肝心の茨城百景の碑は、客院脇に移設されています。

      20161007茨城百景利根川の展望06



こちらが、『 茨城百景 大利根の展望 』の碑。

      20161007茨城百景利根川の展望07



こちらに、百景の碑の移設に関して記載されています。

      20161007茨城百景利根川の展望08



百景の碑の側には、小林一茶の句碑。

      20161007茨城百景利根川の展望09


さらにその横には、星野一楽の句碑。

      20161007茨城百景利根川の展望10



徳満寺からは、木々が茂って利根川の眺望は拓けていません。
昭和25年当時は、山門から利根川の流れが眺められたのでしょうか...............?


県道沿いに歩き、千葉県との県境でもある栄橋辺りに来てみます。


こちらが徳満寺遠景。
布川城址遠景でもあります。

      20161007茨城百景利根川の展望12


県道が布川城を分断しているのが分かります。

      20161007茨城百景利根川の展望13



栄橋からの利根川。(下流域)

      20161007茨城百景利根川の展望14


      20161007茨城百景利根川の展望15


栄橋からの利根川(上流域)。

      20161007茨城百景利根川の展望16


この利根川の眺望が『茨城百景』そのものなんだろうなぁ...............。




2016/11/02 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  涸沼②  (2016年9月16日)(茨城県東茨城郡茨城町) 

9月16日  公休日

この日は、茨城県の茨城町の廃校巡りに出掛けました。

とは言いながらも、ちょっぴり寄り道をしていきましょう。
上石崎分校をあとにして向かった先は...............茨城百景 涸沼 その2


涸沼湖畔の狭い道を走って行くと、
親沢と言う地区に辿り着きます。

この『親沢』と言うのが、茨城県教育委員会が選定した
茨城県指定の文化財(名勝)の『親沢』になります。
茨城県が指定した名勝は5ヶ所しかなく、その内の一つになります。

また、この『親沢』は古くは『親沢の鼻』と呼ばれ、
松が生い茂る古くからの涸沼の景勝地で湖畔に突き出ています。
「親沢の一つ松」を詠んだ徳川光圀の句碑があり、
風光明媚な場所でもあるようです。
そして、『茨城百景 涸沼』の包括風景でもあります。
そもそも昭和25年に『茨城百景』を選定(制定)した際に
周辺に景勝地などが固まっている地区においては、包括風景として選定したようです。
ちなみに、『茨城百景 涸沼』では、
『涸沼川,広浦秋月,涸沼の簀巻,弁天の鼻,親沢の鼻,松川居城址,石崎城址,芝崎神社,
東永寺の横穴,常光寺,天王崎城址,楠公神社,大戸の桜』が
包括風景として選定されています。


『親沢の鼻』は親沢公園として、管理されているようです。

      20160916茨城百景涸沼②01


案内看板でチェックも怠りません。

      0160916茨城百景涸沼02


駐車場の向かいにある台地の斜面を石碑を発見!

      0160916茨城百景涸沼03


よ〜く見ると...............

      0160916茨城百景涸沼04

『茨城百景 涸沼』と刻まれています。

この親沢にも茨城百景の碑があったんですね。



駐車場から親沢公園に入ります。

公園入り口に『名勝 親沢』の碑。

      20160916茨城百景涸沼②05

広浦にも同じような碑があったから
茨城県教育委員会が指定した5ヶ所の名勝地には
この石碑が建っていることでしょう。


その近くには、『親沢』の標柱。

      0160916茨城百景涸沼06

広浦でも、やはり同じような標柱がありました。



公園だから気にしないでいたら、
何と、ペット禁止。

      0160916茨城百景涸沼07

おいおい、駐車場の案内看板に禁止事項として記載しといてよ。



仕方ないから、 びいすけ には暫し待機して貰いましょう。

      0160916茨城百景涸沼08

可哀想ですが、入り口近くのガードレールにリードを括り付けます。




『ワン! ワン!!』と吠える びいすけ の声を背中に
急いで親沢の鼻を回ります。

      0160916茨城百景涸沼09


生憎の曇り空で、今一歩な感がしないでもないが
確かに涸沼を感じさせる景観。

      0160916茨城百景涸沼10


      0160916茨城百景涸沼11


      0160916茨城百景涸沼12


      0160916茨城百景涸沼14



公園全体(って言っても.そんなに広くはないが...............)が
キャンプ場になっているから、ペットの制限があるのかも知れない。


      0160916茨城百景涸沼13


こちらが、水戸光圀が詠んだ『親沢のひとつ松』の句碑。
    
      0160916茨城百景涸沼16


その裏面。

      0160916茨城百景涸沼15


     
松のは無かったけど、句碑前から眺める涸沼。

      0160916茨城百景涸沼17

この景観に水戸光圀、すなわち黄門様も感嘆したのだろうか?



急いで、 びいすけ の元へ戻り、公園脇のサイクリングロードへ移動。

ここなら犬連れで歩いても文句言われないでしょう。

      0160916茨城百景涸沼18


びいすけ も親沢の鼻を満喫してくれたかな?

      0160916茨城百景涸沼19




駐車場の向かいの台地。
『茨城百景』の碑が建っていた台地。
実は、この台地が石崎城址。

      0160916茨城百景涸沼20



ここが登城口。

      0160916茨城百景涸沼21

この先(奥)を覗いたら、雑草に覆われ...............
さすがに入って行く勇気はありませんでした。

空堀があって見応えのある城郭らしいのですが
まだまだ城址巡りには時期が早い。

雑草が枯れ草になる晩秋に
再チャレンジでもしてみようかな?




2016/10/10 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  涸沼①    (2016年9月16日)(茨城県東茨木郡茨城町) 

9月16日  公休日

この日は茨城県の茨城町に出掛けました。

今まで、茨城町と言えば、『ひぬまドッグラン』に行くぐらいでしたが
色々と調べてみると、茨城町にある『涸沼』は茨城町が誇る観光資産であり、
昔から風光明媚な場所だったようです。

また、茨城県には『茨城百景』なるモノがあり、
茨城県観光審議会によって昭和25年に選出され、
茨城有数の景勝地が網羅されています。
時代の移り変わりにより形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。
元々、『〇〇八景』とか『××100選』なんて言うフレーズに弱い身としては
この『茨城百景』も食指がそそります。

そんな訳で、訪れたのは...............茨城百景 涸沼


涸沼湖畔の広浦地区の大杉神社の境内に
『茨城百景』の碑が在るとのことでしたので
広浦へと向かいます。


こちらが、『名勝 広浦』の碑。

      20160916茨城百景涸沼広浦01

よくよく調べたら、『広浦』と言うのは
茨城県指定の名勝地(文化財)らしい。

昭和9年に茨城県指定の名勝に指定され
昭和43年に明治百周年の記念に建てられたモノのようです。

      20160916茨城百景涸沼広浦02


こちらが、大杉神社。

      20160916茨城百景涸沼広浦05

天保9年(1838年)天然痘が流行した時、
茨城県南部(稲敷市阿波)に総本社がある「大杉神社」より疫病退散の神「あんば様」をお迎えし、
涸沼のほとりに大杉神社を建立し、天狗面を借りてきて祀ったところ、
天然痘が治まったという言い伝えがあります。

毎年夏に「あんば祭」が開催されます。
あんば祭は、素鷲神社の「祇園祭」と大杉神社の「御田植祭」が一緒になったものらしく、
湖水に浮かべた数隻の船に舞台を設えてお囃子を奏でながら、
おかめ、ひょっとこ、きつね、獅子等の踊りを奉納する全国でも珍しいお祭りのようです。



大杉神社の拝殿の脇に建っているから
てっきり大杉神社の鳥居かと思ったら...............

      20160916茨城百景涸沼広浦03




『水神宮』の神額。

      20160916茨城百景涸沼広浦04



      
祠には、なぜか蛇の像が祀られています。

      20160916茨城百景涸沼広浦06

蛇って、水の神?



祠の背後に石碑発見!

      20160916茨城百景涸沼広浦07



『茨城の 涸沼』の碑です。

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      20160916茨城百景涸沼広浦09



大杉神社前の涸沼の湖畔。

      20160916茨城百景涸沼広浦10


生憎の天気。
曇り空だから、暗い。

      20160916茨城百景涸沼広浦11


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『茨城百景』に選定された昭和25年の頃とは
きっと景色も変わってしまったんだろうなぁ。

      20160916茨城百景涸沼広浦13


      20160916茨城百景涸沼広浦14


晴れていれば、空の青さと湖水の青さ(?)が
見事なコントラストを醸し出してくれるのだろうか...............?




2016/10/05 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit