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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

足柄城址     (2013年9月6日)                   (神奈川県南足柄市、静岡県駿東郡小山町) 

9月6日 公休日




夕日の滝、足柄北小学校矢倉沢分校跡と寄り道をしてしまいましたが
当初の目的地を目指します。
足柄街道をひた走り、目指すは足柄峠

そして........足柄城址

 
実は足柄峠そのものが、足柄城址となります。




足柄城とは


足柄城は天文5年(1536年)頃に北条氏綱によって築かれたと見られるが、
正確なところはわかっていない。
天文24年(1555年)に北条氏康がこの城に補修をおこなったとされ、
これは氏康が三田郷(神奈川県厚木市)の百姓に
足柄城普請の人足を出させることを命じた記録からわかっている。

永禄11年(1568年)に甲相駿三国同盟が武田信玄の駿河侵攻により破棄されると、
この城の防衛上の重要性が増したことから、
永禄12年から元亀2年(1569年~1571年)にかけて、大幅な改修を行っている。

武田氏滅亡後は、豊臣秀吉と対峙するようになり、
天正15年(1587年)には北条氏光を城番とし大規模な改修を施し、
天正18年(1590年)に小田原征伐が勃発すると、北条氏忠をこの城の守将として配置した。
氏忠は山中城(静岡県三島市)が落城するを聞くと小田原城に退却し、
残された守備隊は豊臣方の井伊直政の攻撃をうけ、この城は落城している。


                          (Wikipedia より抜粋)



足柄街道の頂点、足柄峠の街道沿いに城址牌は建っています。


      20130906足柄城址24



足柄峠の頂上から少し下れば、足柄峠の標柱があります。
このあたりも城址の一部です


      20130906足柄城址08



標柱の隣には足柄城址の案内板が建っています。
そして案内板の脇を登って古道を歩けば南郭となります。


      20130906足柄城址01




こちらが南郭


      20130906足柄城址10



南郭からさらに古道を歩けば、やがて足柄街道に掛る木橋が現れます。
木橋を渡れば、主郭へと導かれますが、なんと工事中。

通行止でした


      20130906足柄城址09


仕方ないので、先程の足柄峠の標柱のあった場所まで戻ります


標柱のあった場所からほんの少し下れば、足柄の関があります。




足柄の関

昌康2年(899年)東海道足柄坂に出没する強盗団を取り締まる目的で、
足柄関が設置されました。
相模国司の過書(関所手形)で通行させました。
ただし、当時関が設けられた場所はわかっていません。
平安末から鎌倉時代初期には、合戦時などに臨時に峠上に関が設けられ、
守兵がいたことなどが記録が残っています


                      (小山町HP より抜粋)




こちらが、足柄の関跡


      20130906足柄城址03


      20130906足柄城址02



金太郎とクマの顔出しまであったりして.......(笑)


      20130906足柄城址04


この関所跡にかつては立派な冠木門がありました。
昭和60年(1985年)に『黒澤明』監督の『乱』という映画で使われた
セットの冠木門を移築したものでした。

その冠木門も無残に朽ち果てていました。


      20130906足柄城址05




ちょうどこの位置に冠木門があったようです。


      20130906足柄城址06




足柄城址の散策に戻ります


先ほど渡れなかった木橋


      20130906足柄城址11



木橋の先には階段が有り、容易に主郭へと行くことができます。


主格脇にある玉手ヶ池
今もなお水が湧いているそうですが
今年のこの暑さ、間もなく枯れてしまうかもしれません。


      20130906足柄城址12



玉手ヶ池 の由緒が記された説明看板


この池の底は北条家の居城である小田原に通じているとの伝説や
この池の名前の由来は足柄峠の守護神の足柄明神姫玉手姫から来ているらしい。


      20130906足柄城址13



こちらが主郭

どうやら、明日にこの地でイベントがあるようで
会場の設営を慌ただしく行なっていました。


      20130906足柄城址15




主郭の奥に建つ城址碑

残念なのは晴れているのに眼前は雲
本当は目の前に、どぉ~んと富士山が見えるのですが........

う~ん、残念です


      20130906足柄城址14



晴れてさえいればって言うか、雲さえなければ
この画像の びいすけ の真上に富士山が見えるんだけどなぁ........


      20130906足柄城址16


      20130906足柄城址17


      20130906足柄城址18





主郭と二郭の間にある空堀


      20130906足柄城址19



そして二郭


      20130906足柄城址20




さらに奥には三郭

手間には見事な空堀


      20130906足柄城址21




三郭側から見た空堀
実に見事な空堀です。


      20130906足柄城址22



三郭に佇む びいすけ

芝生が気持ちいいんでしょうか....?

それにしても、やっぱり見事な空堀です


      20130906足柄城址23






こちらは、新羅三郎義光(源義光)の「足柄の山笛の調べ」の碑


      20130906足柄城址25


      20130906足柄城址26


      20130906足柄城址27


後三年の役に際し、八幡太郎義家が奥州へ出兵したが苦戦をしいられ、
新羅三郎義光が兄義家を助けるため援軍をひきいて足柄峠に露営した時、
義光の笙の師豊原時元の一子時秋が後を追ってきたが、
「我は武のため、貴殿はこの道のため」と諭し、
笙の相伝の秘曲を伝えたとされる場所で、
この故事にちなみ毎年9月の第2日曜日に足柄峠笛まつりが開催されているらしい

南足柄市と小山町の共催による足柄峠笛まつりは笛などの楽器の演奏披露などが行なわれるが、
両市町の小学生による陣取り綱引きが行なわれ勝った側は城跡の広場に
「相模國南足柄領」「駿河國小山領」という看板を立てて1年間領有することができる。
なお、実際の行政界は変更されず、小山町に属するとのことです。


聖天堂にあった金太郎の像


      20130906足柄城址07





足柄峠の頂上が主郭という足柄城址
富士山の絶景ポイントと聞いたいたので楽しみにしていましたが
あいにくの雲。それも眼前の富士山が思い切り雲に隠れている

本当に残念でした。


紅葉の時期にもう一度、それも晴天の日を狙って
富士山を見に来たいな...............



 



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2013/09/23 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit