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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

鳳凰台城址 (2013年6月29日) (茨城県潮来市) 

6月29日 公休日



水郷県民の森を出たあとに向かった先は


   鳳凰台城址



鳳凰台城は 別名 大生城とも言います

桓武天皇の子であった葛原親王の後裔である、八郎玄幹がこの地に城を築き、
大生氏を名乗るようになったと言われています。
大生氏は代々この地で栄え、そのためこの城は大生城とも呼ばれるそうです。
大生氏は戦国末期に佐竹氏の家臣となったと言われていますが
それ以上の詳しいことはどうやら不明のようです。

おそらく、佐竹氏が秋田に移封された慶長7年(1602年)以降に
廃城になったのではないかと思われます。




城址は畑として開墾され、遺構は全くと言っていいほど残されていません。


      20130629鳳凰台城址01


      20130629鳳凰台城址06



北浦を覗く台地の先端には城址碑がひっそりと建っています。

実は、ひっそりしすぎて、この城址碑を見つけるのにも苦労しました。


      20130629鳳凰台城址02


      20130629鳳凰台城址03



城址碑の裏面
鳳凰台城の由緒が記されています。


      20130629鳳凰台城址05



畑化を免れた台地先端の森。

この中にひっそりと城址碑が建っていました。


      20130629鳳凰台城址04



城址碑の近くには、これまたひっそりと祠が祀られています。


      20130629鳳凰台城址07




虎口のようにも見える上り坂。
おそらく後世に造られたものでしょう。

でもこの切通だけでも城址の雰囲気はありますねぇ.....。


      20130629鳳凰台城址08

 


遺構が全くと言って良いほど開墾、改変されてしまった鳳凰台城址。

島崎氏から佐竹氏に支配が変わった地に近いこともあり
遺構が残っていればそれなりに見応えがあったと思われるだけに
残念と言えば、残念です................。



 
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2013/07/13 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

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