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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

芹沢城址  (2013年6月3日)(茨城県行方市) 

6月3日 公休日


茨城県の行方市
旧玉造町の芹沢城址に立ち寄ってみました。



城址近くに 誠 の文字の看板。

どこかで見たことがあるような...........


そうです。 新選組の御旗。そのまんまの看板の横に

  新選組を創った男

    芹澤 鴨
    平間重助

   ゆかりの地      と書かれています。


      20130603芹沢城址20



どうやら、この辺りは新選組ゆかりの地のようです。



立て看板にも 芹澤 鴨 生家 の案内で導かれていきます。


      20130603芹沢城址19





こちらが 芹澤 鴨 の生家


      20130603芹沢城址18



生家の前には立派な説明看板が建っています。


      20130603芹沢城址17

実は、数年前かな?
香取慎吾主演でNHKの大河ドラマ 新選組 が放映された頃、
芹澤鴨 の出生地と言うことで、この辺りも町興しに頑張っていたそうです。




芹沢城址は、その芹澤鴨の生家近くにあります。
一説には、芹澤鴨の生家の裏山が城址ということですが
どうやらそれは間違いのようで、この辺り一帯がかつての芹沢城であったということです。


こちらは芹澤家が建てたと言われる城址碑。


      20130603芹沢城址16


      20130603芹沢城址15



城址碑の脇には芹沢城の由来が記された石碑が建っています。


      20130603芹沢城址14



さらには、こんな説明看板も建っています。


      20130603芹沢城址13


      20130603芹沢城址12



そもそも芹沢城は大掾氏の芹沢氏が築城した城であると言われています。
芹沢氏は元々の大掾氏宗家の多気義幹の次男・茂幹を祖としています。
茂幹の曾孫・幹文は足利氏より相模国高座郡芹沢(神奈川県座間市)に
所領を与えられ、芹沢氏を称したと言われています。

幹文から4代後の良忠は、至徳二年(1385)に府中城(茨城県石岡市)の
大掾氏宗家(多気義幹から宗家を継いだ馬場大掾氏)より
行方郡に所領を得て、館を構えた。
これが芹沢城であります。

天正十八年(1590)の秀吉の小田原攻めに際して、
大掾氏一族は北条氏に与して豊臣秀吉のもとに参陣しなかったため、
その所領は常陸に勢力を持つ佐竹氏に奪われることになります。
天正十九年(1591)に鹿島・行方両郡の大掾氏一族らいわゆる「南方三十三館」の諸将を
佐竹氏の太田城に招いて殺害した。
このとき芹沢城主。・芹沢国幹は病と称して艱難を逃れたと言われます。

佐竹氏はすかさず鹿島・行方両郡の平定に乗り出すが、
芹沢城に対しては手を出さなかったと言われています。
芹沢氏が佐竹氏と関係をもっていたためとも、
両郡攻略の軸にしようと考えていたためとも言われ。
芹沢国幹は、佐竹氏より咎めを受けることがなかったことを苦とし、
城を放棄してこの地を去ったと言われ、
この時に芹沢城は廃城となったものと思われます。

その後。芹沢国幹は宍戸城主・秋田実季に仕え、
嫡男・芹沢通幹のときに水戸藩に召し抱えられ、
芹沢の地に知行を与えられて代々居住したと言われます。
そしてその子孫が、新撰組初代局長として知られる芹沢鴨だと言われています。

すなわち、芹沢城主であった芹沢氏の末裔が新選組の初代局長だということです。


不勉強であった私はてっきり新選組局長=近藤勇しかなくて
この地に来て初めて知りました........






 

芹沢城は城郭遺構はほとんど消失しているようです。

この辺りが主郭があった場所と推定されますが
現在は畑と化しています。


      20130603芹沢城址11


      20130603芹沢城址10



こちらが、かつての登城路でしょうか?
切り通しの坂を登った先は虎口のように見えてします


      20130603芹沢城址09




芹沢生家の裏
おそらく、この奥に土塁と堀があるとのことですが
完全な私有地なので立ち入ることはできません。


      20130603芹沢城址08




ちょうど、犬の散歩に来ていた近所の方にお会いして
色々話をさせていただくと.......

近くの大宮神社の辺りが、かつての城の雰囲気が残っていると言われ
大宮神社へ足を向けてみました。


      20130603芹沢城址07



こちらが、その大宮神社


      20130603芹沢城址06



長い石段を登れば、その先は本殿


      20130603芹沢城址05


石段の脇は城址っぽい雰囲気満載。



      20130603芹沢城址04


      20130603芹沢城址03


      20130603芹沢城址02
   
 


確かに神社の境内の奥というか、脇に
土塁が申し訳なさそうに残っていました。


      20130603芹沢城址01




どうやら、この地は芹沢城址と言うより
芹澤鴨の出生地、新選組ゆかりの地と言うことで
旧玉造町も力を入れていたようで、確かに由緒ある地だとは思うけれど
城郭ファンとしてはちょっぴりピントがずれちゃっている気がしてしまいます.....。

 
 
 
 
 

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2013/06/20 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

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