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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

将門大明神    (2013年5月18日)(千葉県柏市) 

5月18日 公休日


手賀沼郵便局に向かって車を走らせていると
いきなりこんな看板を見つけた。


      20130518将門大明神10


将門大明神って?
まさか、平将門?

この地にも将門の伝説があるのか?


気になってしまうと、どうしょうもない性格。
まるで、テレビドラマ 相棒 の杉下右京?
でも、彼みたいに聡明ではありませんから(笑)

てな訳で、立ち寄ってみることに..........


この辺りは、今でこそ柏市なっているけれど
かつては沼南町と呼ばれていた所。

旧沼南町の史跡巡りコースになっていたようで

21 将門神社・龍光院 の標柱が建っています。


      20130518将門大明神01



石造りの立派な鳥居

残念なのは、鳥居の背後に青年館が建っていて
参道らしきものがない。


      20130518将門大明神02



青年館の脇を通り、こじんまりとした本殿へと向かいます。


      20130518将門大明神03


      20130518将門大明神04




本殿の脇には説明版があります。


      20130518将門大明神05



そもそも平将門は


   平安時代中期の関東の豪族。

   平氏の姓を授けられた高望王の三男平良将の子。
   桓武天皇5世。下総国、常陸国に広がった平氏一族の抗争から、
   やがては関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国衙を襲撃して印鑰を奪い、
   京都の朝廷 朱雀天皇に対抗して「新皇」を自称し、
   東国の独立を標榜したことによって、遂には朝敵となる。
   しかし即位後わずか2か月たらずで、
   藤原秀郷、平貞盛らにより討伐された(承平天慶の乱)。
   死後は御首神社、築土神社、神田明神、国王神社などに祀られる。
   武士の発生を示すとの評価もある。
   合戦においては所領から産出される豊富な馬を利用して騎馬隊を駆使し、
   反りを持った最初の日本刀を作らせたとも言われる。

                         (Wikipediaより抜粋)

下総国相馬郡岩井が本拠地とされた 将門 ですが
ここ旧沼南町の将門大明神の地も
かつての下総国相馬郡、さらには、岩井という地名。

偶然という悪戯なのだろうか?


こんないきさつからなのか?
この地にも将門伝説は残されているようです。


岩井村では将門信仰が残るだけでなく、
将門を裏切った愛妾桔梗御前(ききょうごぜん)を疎んで桔梗を植えず、
また将門の調伏)を祈った成田山には詣でないという風習もあるそうです。

確か、わが町、佐倉市の将門町にある桔梗塚にも
似たような伝承が残されているようです。






本殿に掲げられた社額

見づらいですが......
しっかりと 将門大明神 と記されています。


      20130518将門大明神06



こちらが本殿

ネットで調べたら、全国的にも珍しい彫刻が施された
大変貴重な本殿らしい。

残念なことに、その貴重な彫刻をじっくり見てきませんでした......


      20130518将門大明神11





こちらは隣接する龍光院


将門の三女・如蔵尼が父の霊を祀ったのが始まりだそうです。、
 

      20130518将門大明神07


境内の片隅に地蔵堂があり、
将門の三女・如蔵尼がこの地に隠れ住み、
一族の菩提を弔ったと伝えられているとのことですが
地蔵堂もしっかり見逃してしまいました(笑)


      20130518将門大明神08


      20130518将門大明神09



佐倉の将門口宮神社の時も、ここ柏市(旧沼南町)の将門大明神も
偶然に通りかかった場所だけど、これも縁なのだろうか.......?

ネットでいろいろ調べていると、そもそも将門の本拠地は
茨城県の坂東市あたり(旧岩井市)とされていたけれど
最近では、ここ柏市(旧沼南町)だという新設も現れているようです。
確かに柏市(旧沼南町)や我孫子市に将門に纏わる地が多いようです。


平将門伝説
調べてみると、なかなか奥が深いようです...........。



 
 
 
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2013/06/03 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

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