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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

木田余城址 (2013年3月3日)(茨城県土浦市) 

3月3日 公休日


JR土浦駅から常磐線を北上していくと車輌基地があります。

この車両基地がある辺りが、かつての木田余城址ということらしく
立ち寄ってみました。


こちらが木田余城址の説明看板


      20130303木田余城址01



実はこの看板を探すのが一苦労。
線路端を何回も車で行ったり来たり.......
見つからないのも当たり前
線路の反対側を一生懸命探していました(笑)

木田余城は、小田氏に仕える信太伊勢守の城でありました。
しかし、天文23年(1554)、主家の小田氏と不和になった信太伊勢守範宗は
土浦城で誘殺され、木田余城も、攻撃され落城しました。
その後、小田氏家臣の菅谷氏の居城となりました。
さらには小田城を追われた小田氏治が居城としたりしていましたが、
天正6年(1578)、佐竹義重が攻められ、城は落城、破壊され、廃城となりました。


      20130303木田余城址02


      20130303木田余城址03





この地下道を歩いていけば車両基地です

当然立ち入り禁止。


      20130303木田余城址04


しかし、地下道を歩いていくと.......


こんな感じで木田余城址の城址牌に出会えます。


      20130303木田余城址05


      20130303木田余城址06




こんな感じで、常磐線の車両基地です。


      20130303木田余城址07


そんなわけで、城址碑の写真を撮ったら即撤収。


線路脇は一面のハス畑。
さすが、土浦は蓮根の名産地。

蓮根(ハス)の天ぷらって美味しいんだよね
大好きです (関係無い話ですみません)


      20130303木田余城址08




常磐線の電車も走っています
(撮り鉄ではないけれど.........)




      20130303木田余城址09




車輌基地を挟んだ線路の反対側に城主だった信太範宗の墓があります。
(ちょうど城址の北端にあたる位置)


      20130303木田余城址10


      20130303木田余城址11


      20130303木田余城址12



歴代の城主の中で信太伊勢守範宗の墓がきちんと残され
後世に渡り弔いの花が添えられている

きっと立派な城主だったんでしょうね。



 
 
 
 
 
 
 
 


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2013/03/29 Fri. 05:45 | trackback: -- | 本文: 0edit

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