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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

大崎城址 (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日



本矢作城址の次に向かった先は 大崎城址(別名 矢作城址)

本矢作城五代目当主・国分泰胤は、本矢作の地から
この大崎の地に居城を移してきたと言われています。

そもそも国分氏とは千葉一族であり
千葉氏五代目当主・千葉常胤の五男・胤通は、
佐原地方を領し 国分氏を名乗り、それが国分氏の始まりで、
以降戦国末期まで、国分氏は連綿として続いていきます。

しかし、千葉氏と同じように小田原北条氏の家臣として
豊臣秀吉に抵抗したため、1590年秀吉の小田原攻めで大崎城は落城。
国分氏は下総の地から敗走しました。



これが大崎城址の標柱。
本命寺の前の田圃の前にひっそりと建っています。

悲しいかな、長年ほったらかしにされていたようで
今にも倒れそうに朽ちかけています。


      20130210大崎城址01


      20130210大崎城址02



標柱の反対側(本命寺入口前)に説明版が建っています。


      20130210大崎城址03


本命寺の裏山一帯が大崎城址になります。



こちらが登城口


      20130210大崎城址04



      20130210大崎城址05




登城道を登っていきます。



      20130210大崎城址06


      20130210大崎城址07



この曲輪の奥には墓石碑があり、独特の雰囲気。
本命寺のすぐ上なので、墓があっても仕方がありませんが.......


      20130210大崎城址08


      20130210大崎城址09



曲輪の土塁。


      20130210大崎城址10




この奥に見事な空堀があります。


      20130210大崎城址12



これが、その空堀 
写真では見づらいですが、なにげに深い空堀です。


      20130210大崎城址13





麓にある本命寺


      20130210大崎城址14


      20130210大崎城址15




帰ってきて、いろんな城郭関連のサイトを覗いてみたら
この大崎城址はかなり広い城郭で
私と びいすけ が散策していた辺りは三の郭だったらしい。

大崎城址の一番の見所は主郭あとにある二重空堀らしく
一番の見所を見逃してしまった。

本命寺とは堀切の道を挟んだ反対側の山の上にその主郭はあるらしい。

本命寺の脇の説明版のすぐ横に
『さあ、ここから登ってくださいよ!!』と言わんばかりに
道が待ち受けていると、ここが主郭への道と思ってしまいます。


う~ん、..........
いつか、リベンジマッチしなくっちゃ!!




 
 
 
 
 
 
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2013/02/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

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