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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

洲崎晴嵐 臼井八景第八景 (2013年1月26日)(千葉県佐倉市) 

1月26日 公休日


臼井八景は印旛沼周辺の風景のうち、臼井城跡付近から眺めた八つの勝景を、
中国の瀟湘八景にならって選び出したものである。
これは臼井城主の子孫にあたる臼井秀胤(号は信斎)と、
円応寺二十四世住職の玄海(号は宋的)とによって
元禄十一年(1698)につくられたと言われています。

第一景 舟戸夜雨(ふなとやう)      船戸大橋近く
 第二景 遠部落雁(とうべのらくがん)  西印旛沼自転車道路沿い
 第三景 飯野暮雪(いいのぼせつ)    西印旛沼自転車道路沿い
 第四景 師戸帰帆(もろときはん)     船戸大橋近く
 第五景 瀬戸秋月(せとしゅうげつ)   西印旛沼自転車道路沿い
 第六景 城嶺夕照(じょうれいせきしょう)臼井城址(臼井城公園)
 第七景 光勝晩鐘(こうしょうばんしょう) 光勝寺
 第八景 洲崎晴嵐(すざきせいらん)   八幡台第一公園


その臼井八景を制覇しようと、印旛沼まで出かけてきました。



臼井八景制覇シリーズ(?)第8弾


    洲崎晴嵐




      20130126 洲崎晴嵐01


      20130126 洲崎晴嵐02



ふき払い雲も嵐もなかりけり 洲崎によする波も静かに



      洲崎台は現在の八幡台一丁目にあたる場所で、
      以前は印旛沼を見下す景観のよい高台であった。
      昔臼井城のあった頃、ここは北の要所として砦が築かれていたといわれる。
      住宅地に造成されるまでは、このあたりの丘陵は一面の広い松林となっていた。
      また沼辺に耕地が開拓される前は、
      この洲崎台下(八幡下)まで印旛沼の水が寄せ、
      そこには長い洲が広がっていた。
      その砂浜の上では、鴎や鷺が翼をひろげて休み、
      岸辺の浅瀬には魚やエビがたくさん住んでいた。
      晴嵐とは、晴れた日に吹きわたる山風のことであり,
      前掲の歌にある嵐は靄を意味している。
      洲崎台に山風が吹き、山の霞も湖面の靄も払われてすっかり晴れ渡ってきた、
      八幡下の洲崎に寄せる波も静かで、すばらしい風景がひろがっている。
      沼辺には白鷺の姿があり、松林は風に鳴って琴の音のように聞えてくる。
      日中の静けさのなかで、明るく晴れ渡った洲崎の眺めは
      まことに見事なものである、と歌はその情景を詠んでいる。


                 (現地 説明看板より抜粋)



この地は、かつて臼井城の出城である洲崎砦があったところ。
現在は八幡台一号公園となっています。

宅地化の波を諸に受け、遺構は全く言っていいほど残されていません。

せめて石碑ぐらい残してくれれば良いのに.......



      20130126 洲崎晴嵐03



説明看板の建っている公園からは全く印旛沼を見ることができません。

坂道を少し下っていくと.......
印旛沼が見えてきます。


      20130126 洲崎晴嵐04



道路からちょっぴり脇に入り、
高台に登れば、印旛沼を眺められます。


      20130126 洲崎晴嵐05


      20130126 洲崎晴嵐06


      20130126 洲崎晴嵐07




400年ほど前に和歌と一緒につくられた臼井八景。
時は流れても、印旛沼は今尚、往時の面影を残していることだろう。

臼井八景を全部廻って改めて佐倉っていい町だと感じてしまった。


少しづつ佐倉の魅力を味わっていこうと、
改めて思ったりもした今日この頃です.............。




   
 
 
 
 


 
 
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2013/02/06 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

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