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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

三崎城址 (2012年12月27日)(神奈川県三浦市) 

12月27日



江の島で湘南の海を堪能(?)したあとは
逗子方面の海岸線を車を走らせ、
三浦半島の先端を目指します


実は、こちら方面は初めてで、とりあえず城ヶ崎を目指します。

と言いながら」も地図など持っていないし
観光ガイドもない。

完全にナビまかせ。

逗子、葉山と抜け、三浦市に突入。
そして三崎漁港に着いた。


三崎漁港と言えば、まず最初に浮かぶのは 三崎のまぐろ
これが普通の人の感覚でしょう。


しかし、三崎漁港...........

確か、三崎漁港の近くの三浦市役所あたりが三崎城址だったはず。


すぐさま、三浦市役所の駐車場に車を停めた。

 

三浦市役所から三浦中学校へと登る道が
三崎城址の大手道にあたるらしい。

これがその登り道。
あえて、くの字に曲げ、敵の侵入に備えています。


      20121227三崎城址01




中学校手前の虎口の土塁跡


      20121227三崎城址02



体育館の前には 三崎城址の説明看板が建っています。


      20121227三崎城址03


      20121227三崎城址04


さらに、その隣には 三崎城址の石碑が建っています。


      20121227三崎城址05


      20121227三崎城址06


詳しい資料もなく、急ぎ足で回ったため遺構の多くを見逃してしまいましたが
そもそも城址に市役所が建っていたり、中学校が建っていたりと
当時の面影はかなり失せているようです。

そもそも三崎城は築城年代等は不明であるが、
この地一帯を支配していた三浦氏によって築城されたと言われています。
伊豆・韮山から小田原に進出した小田原北条家の始祖、北条早雲の手によって
落城された城であると言われています。
北条氏の相模・さらには房総半島進出の足がかりとなった三崎城攻略。
そして、その後の北条氏の支配の下では
房総半島、安房・里見氏への防御の要となった城
里見水軍に対抗する北条氏の水軍基地でもあったと言われています。

確かに、城址から坂を下っていけば三崎漁港にたどり着く。

時間があれば、もっとじっくり三崎城址の遺構を探しながら
城址碑のある高台(おそらく主郭跡)あたりから
三崎漁港のまでの道を歴史の重みを感じながら歩いてみたかった。

先を急いでいる事もあって
いつか再び、この地に
この坂道を びいすけ を連れてゆっくりと
時の流れを噛み締めながら歩いてみよう。
そして、その時には、三崎名物の まぐろ も堪能しよう。


そんなことを思いながら先を急ぐのであった.............




  


 

 

 
 
 
 
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2012/12/31 Mon. 19:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

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