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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの御城印巡り   《須賀山城》  (2021年5月5日)(千葉県香取郡東庄町 

5月5日

この日は、御城印を求めて香取市に出かけました。

小見川城、森山城の御所印を手に入れ、小見川城、森山城を攻略し
更なる御城印を求めてお隣りの東庄町に足を向けます。
 
東庄町の諏訪大神社の境内にある東庄町観光会館にて
御城印を手に入れます。


須賀山城の御城印、手に入れました。

     20210505須賀山城31




須賀山城は

文治六年(1190年)に千葉常胤の六男、東胤頼により築城されました。
東胤頼は上代前掛城(桜井城)(旭市)より移りました。
その後、建保六年(1218年)に須賀山城との台地続きに森山城を築城して
須賀山城から森山城に移り一族が居城しました。
三代当主、東胤行は承久三年(1221年)に美濃山田庄の地頭として移り、
その後は海上氏が居城としました。戦国期に入り、
千葉胤冨が海上氏に養子として入城いましたが、
弘治三年(1557年)に千葉宗家を継ぎ本佐倉城に移りました。
しかし、胤冨はこの城を境目の城として重視し森山城の外郭として
森山城に取り込む形で須賀山城も改修したようです。
天正年間に入ると東氏、その家臣の原氏が在城し、
宗家千葉氏とともに北条氏の家臣となります。
天正十八年(1590年)、城主の東直胤は小田原城に籠城しましたが、
北条氏滅亡後、森山城とともに廃城になりました。


実は、須賀山城も以前訪れたことのある城郭。
( その時の攻城記は こちら


では、須賀山城を攻略いたしましょう。


こちらが、須賀山城の縄張り図。

      須賀山城縄張り図

      ( 余胡くんのお城のページ よりお借りしました )



県道脇に建つ、城址碑。

     20210505須賀山城01


     20210505須賀山城02


こちらが登城路。

     20210505須賀山城03


特に案内板は無いが、この辺りは『須賀山城址公園』とよばれているのか?
管理事務所が在る。

     20210505須賀山城04


管理事務所脇の腰郭。

     20210505須賀山城05


     20210505須賀山城06


     20210505須賀山城07


     20210505須賀山城08


こちらは、第六天郭。

     20210505須賀山城09


     20210505須賀山城10


     20210505須賀山城11



この先が馬出し。

     20210505須賀山城12


主郭へと誘う案内板。

     20210505須賀山城13


馬出しと土橋。

     20210505須賀山城14


土橋のうから眺める空堀。

     20210505須賀山城15


土橋の先は主郭。

     20210505須賀山城16



主郭に建つ城址案内板。

     20210505須賀山城17


われ、須賀山城址に見参!

     20210505須賀山城18


主郭虎口の土塁。

     20210505須賀山城19


主郭。

     20210505須賀山城20


     20210505須賀山城21


     20210505須賀山城22


     20210505須賀山城25


主郭の片隅に鎮座する祠。

     20210505須賀山城26

千葉氏関連の祠なんだろうか?



主郭に遺る土塁。

     20210505須賀山城27


     20210505須賀山城28


     20210505須賀山城29


     20210505須賀山城30



主郭から見下ろす腰郭。

     20210505須賀山城23


     20210505須賀山城24

遺構もそれなりにあり、見応えのある城郭です。
そして、 びいすけ と一緒に空堀を歩いた城郭でした。
私の記憶に残る城址でもあります。


こちらが、須賀山城の御城印。

     20210505須賀山城32

千葉県内の御城印、かなり増えてきました。
集めるのが楽しみになってきました。


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2021/06/09 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit