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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩 足立区編 《梅田稲荷神社》 (2021年1月15日)(東京都足立区) 

1月15日

この日は夜勤明け。

自宅へと帰る前に、ちょっとした用事で北千住に出かけました。
北千住で用事を済ませ、さらにはマンホールカードを手にした後は
北千住駅から東武線に乗り、梅島駅まで。

向かった先は...............梅田稲荷神社。

梅田稲荷神社は、東京都足立区梅田に鎮座する神社です。


創建時期は不詳ですが、平安時代末期に活躍した武将「志田先生義広」が、
この地に一時期移り住んだ際に創祀したと言い伝えられています。

志田先生義広は、源義広とも呼ばれ、
関東に下向し常陸国信太荘(茨城県稲敷市)を開墾し、本拠地としました。
東国支配を固めた源頼朝と対立し、形勢不利となると
北陸道の木曾義仲と合流しました。
宇治川の戦いで頼朝が派遣した源義経軍とも戦いましたたが、
粟津の戦いで義仲が討ち死にし、敗走した義広もまた追討され、
最後には斬首されてしまったそうです。

義広は、現在の梅田4丁目にある真言宗豊山派の寺院、明王院を開基したと伝えられ、
義広の孫の源義純をはじめとして、義広の子孫が代々当地に住みました。

義純の孫の源久広の時代になると、梅田氏を名乗るようになったそうです。

永正年間(1504年〜1521年)になると久広の子孫である梅田久義は、
丹波国へ移住してしまいますが、現在も残る梅田と言う地名は、
この梅田氏に因んだものとされています。

そんな旧・梅田村の鎮守が、こちらの梅田稲荷神社になります。


御祭神は、宇迦御魂命。



社号標。

     20210115梅田稲荷神社01



神社御朱印。

     20210115梅田稲荷神社02


鳥居に掲げられた神額。

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手水舎。

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拝殿。

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拝殿正面。

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拝殿前には二組の神使いのキツネ。

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拝殿正面。

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別アングルからの拝殿。

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     20210115梅田稲荷神社13


そして、こちらが本殿。

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拝殿前の『王龍石』。

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神楽殿。

     20210115梅田稲荷神社15


神仏習合の名残りか?
敷地の一角、通りに面して庚申塔が祀られている。

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神輿庫。

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こちらが社務所。

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どうやら、数社の兼務社を持っているようです。

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こちらが、梅田稲荷神社の御朱印。

     20210115梅田稲荷神社20



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2021/02/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit