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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御城印を求めて  《 玉造城 》 (2020年12月8日)(千葉県香取郡多古町) 

12月8日 

毎月、新たな御城印を発行する事になった多古町。
11月28日から、新たな御城印が発行されました。

と言う訳で、御城印を求めて、
道の駅『多古あじさい館』へと向かいます。

道の駅の売店には、5種類の御城印が販売されています。

     20201208玉造城01


新たに発行された『玉造城』の御城印、手に入れました。

     20201208玉造城02


せっかくだから、12月に発売される御城印の予想を投票。

     20201208玉造城03

でも当たらないんだろうなぁ。


せっかく御城印を手に入れたんだから、
訪城(登城)しない訳には行きません。
と言うで、いざ! 玉造城の攻城です。


玉造城は、築城者等詳細は不明ですが、
弘安年間(1278 年~ 1287 年)に野平伊賀守常弘が城主であったと伝わり、
南北朝期においては、千葉胤貞による日本寺防衛のための北側の要塞として
整備された可能性も指摘されています。
 
天正16年(1588年)に城主だった野平常義は城を明け渡し、
僧になったとも伝わりますが、戦国期に野平氏は小田原北条氏方に属していたとされ、
城跡には天正18 年4月没の常義の墓碑も残っています。
そして、同年の小田原合戦で北条氏が豊臣方に敗北すると、
玉造城も開城となったとされています。


玉造城の縄張り図。

     20201208玉造城04

   ( 余湖さんのHPよりお借りしました )



玉造城遠景。

     20201208玉造城05


この台地の上が玉造城。

     20201208玉造城06


余湖さんの縄張り図にはない道。
最近になって重機で作られたんでしょうか?

     20201208玉造城07


新たな登城路になるんでしょうか?

     20201208玉造城08


でも虎口っぽい雰囲気もある登城路。

     20201208玉造城09


上がった先は削平地。
どうやら、こちらが二郭になるようです。

     20201208玉造城10

奥に見える墓石は、野平伊賀守の墓。



とりあえず、二郭にて記念の一枚、パチリ☆。

     20201208玉造城11


二郭の土塁。

     20201208玉造城12


     20201208玉造城13


こちらは、本来の二郭の虎口になるのか?

     20201208玉造城14



堀切から、二郭へと繋がっている。

     20201208玉造城15


堀切を進むと、八幡社へと繋ぐ石段。

     20201208玉造城16


石段の先は八幡社。

     20201208玉造城17



八幡社は少し高台になり、かつての櫓台跡なのかも知れない。

     20201208玉造城21



主郭跡に建つ標柱。

     20201208玉造城18

そこには、『玉造城』と記され、新しい標柱です。
きっと、近年になって城址が整備され、標柱も建てられたのでしょう。
『多古町、お主もなかなかやるのう』(笑)


ならば、せっかくの攻城の証といたしましょう。

     20201208玉造城19


主郭の土塁。

     20201208玉造城20


     20201208玉造城22



八幡社辺りから見た二郭の堀切。

     20201208玉造城23


     20201208玉造城24



八幡社から見下ろす主郭。

     20201208玉造城25


八幡社から石段を下った先には、色付く紅葉。

     20201208玉造城26

紅葉の時期は過ぎたけど、千葉県下では12月になっても色付く木々がある。


こちらが、玉造城の御城印。

     20201208玉造城27

10月から毎月発行される事になった多古町の御城印。
10月は土橋城、11月は玉造城。
12月は何処の城の御城印が発行されるんだろう...............?






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2021/01/29 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit