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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御城印を求めて  《土橋城》  (2020年11月3日)(千葉県香取郡多古町) 

11月3日  

この日は、多古町に出かけました。

千葉県下でも数多く発行されている御城印。
今まで、多古町では『多古城』『志摩城』『並木城』と
3種の御城印が発行されていましたが、
10月から1年間、毎月新たな御城印を発行すると言う
城好きには嬉しいプロジェクトが立ち上がり
その第一弾の御城印を求めて、
『道の駅 多古あじさい館』へとやって来ました。


道の駅の販売所に、新たな御城印が置かれていました。

     20201103土橋城01


10月に発行されたのは、『土橋城』です。

     20201103土橋城04


道の駅の情報コーナーでは、こんなイベントも.........

     20201103土橋城02


毎月発行される御城印の予想クイズ。

     20201103土橋城03

正解者3名には、その御城印が賞品となるようです。


御城印も手に入れた事だから、土橋城を攻城いたしましょう。



土橋城は千田親政の居城で、
古河公方・足利成氏が一時期居住していたと伝わる城です。
南北朝時代に起きた千葉氏の家督争いである「千田庄動乱」で
千葉侍所竹元氏によって並木城とともに攻められ、落城してしまいました。

現在、城址には主郭跡に天御中主命神社が鎮座していますが、
遺構はほとんど失われており、わずかに土塁や堀跡を確認できるのみとなっています。


土橋城の縄張り図

     20201103土橋城05

   ( 余湖さんのHPよりお借りしました )



主郭跡である天御中主命神社へと続く石段。

     20201103土橋城06


石段の先に土壇が見えて来ました。

     20201103土橋城07


土塁。

     20201103土橋城08


土塁は、神社を取り巻くように延びている。

     20201103土橋城09


主郭跡に鎮座する天御中主命神社。

     20201103土橋城10


土塁をバックに御城印。

     20201103土橋城11


土塁に脇には空堀跡。

     20201103土橋城12


空堀が参道の一部になっているようです。

     20201103土橋城13


     20201103土橋城14



天御中主命神社の左側の郭。

     20201103土橋城15



おそらく二郭になるんでしょう。
耕地化されてはいるものの、所々に休農地になっているようです。

     20201103土橋城16


     20201103土橋城17


二郭へと続く堀切。

     20201103土橋城18

先人のblog等を拝見すると、このアングルの画像をよく目にします。
とは言っても、ローカルな城郭ですから
そんなに情報量は多くない。



畑の向こうの森が、天御中主命神社の鎮座する主郭跡。

     20201103土橋城19


     20201103土橋城20


畑の中の道を通り、主郭下の腰郭(?)へと向かいます。

     20201103土橋城21


ちょうど、神社の下に位置していて、前方は崖。
即ち、遮りモノがないから、視界が長ける。

     20201103土橋城22


こんな眺望だから、敵の進軍も見つけやすいのでしょう。

     20201103土橋城23


こちらが、御城印。

     20201103土橋城24

千葉宗家と庶流(庶家)の内紛の舞台となった多古町。
千葉宗家の証である『月星紋』が泣かせますね。



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2020/12/08 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit