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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

関東の富士見百選  《利根川境河岸付近堤防》  (2020年9月17日)(茨城県猿島郡境町) 

9月17日

この日は、野田市の関宿城の御城印を求めて、野田市へやって来ました。

その後、利根川を渡り、対岸の境町へ。
関宿城址の利根川の対岸は、茨城百景の地であり
そこから、関宿城の復刻天守閣(実際は関宿城博物館)が眺める事が出来ます。

     20200917関東の富士見百景01


利根川の堤防沿いに下流へと歩いて行くと
こんな看板がありました。

     20200917関東の富士見百景02


境の渡し。

     20200917関東の富士見百景03

利根川の境河岸は、かつて江戸中期より明治にかけて、
主に江戸と東北を結んだ利根川水運において大きな役割を果してきました。
その境河岸の主役的存在であったのが高瀬舟です。
高瀬舟は、かつて利根川、江戸川と共に「河岸の街”さかい”」の繁栄を担ってきました。
当時を偲び高瀬舟(さかい丸)を、観光船として現代風に復元しました。


その、高瀬舟。

     20200917関東の富士見百景04


     20200917関東の富士見百景05


観光船として、境桟橋~関宿水閘門遊覧~境桟橋を約40分間の船旅ですが、
水位が低いため、現在は運休中です。
そのため、船は陸に揚げられています。



実際に船着場に行って見ると、目の前に関宿城の復刻天守閣。
ズームでさらに寄ってみます。

     20200917関東の富士見百景07

川の水面越しの天守も画になりますね。



再び、堤防に戻ります。

     20200917関東の富士見百景08



やはり、堤防からは天守は小さく見える。

     20200917関東の富士見百景09



利根川の上流側。

     20200917関東の富士見百景10



この辺りが、江戸川との分流点。

     20200917関東の富士見百景11

確かに水位は低い。


利根川の堤防を『境の渡し』の看板から更に下流側に進むと
草むらに隠れるように、見覚えのある碑。

     20200917関東の富士見百景12


見覚えのある碑と言うよりはプレート。

     20200917関東の富士見百景13


関東の富士見100景の碑。

     20200917関東の富士見百景14

顕彰プレートです。
偶然にも『関東の富士見100景』の碑を見つけてしまいました。

この場所(碑のある場所)の情報は知らなかったから
ちょっぴり(いや、かなり)嬉しかったなぁ。


富士山の頂部を一部デザインした碑。

     20200917関東の富士見百景15


生憎の曇り空。
富士山は見えない。

     20200917関東の富士見百景16


まあ、富士山とはあまりあいしょが良くない見たいだから
富士山の景勝地に来ても、富士山が見えない事は今まで多く経験済み。
もう、慣れっこです(笑)。

初冬の空気の澄んだ夕暮れに
富士山と夕陽と関宿城の復刻天守。
そんな組み合わせを見てみたいものです。


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2020/10/12 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit