FC2ブログ

05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩 港区編 《神明小学校跡》 (2020年9月8日)(東京都港区) 

9月8日  

この日は、夜勤明け。
まっすぐ自宅に帰るのも芸がないので
浜松町駅を起点に芝公園、三田方面へと都内散歩。

浜松町駅近くにかつての小学校跡が在ると言う事で訪れてみました。
向かった先は...............東京都港区立神明小学校

神明小学校は、大正2年(1913年)「東京市神明尋常小学校」として開校しました。
関東大震災(1923年)による校舎焼失、
太平洋戦争による学童疎開など、さまざまな困難を乗り越え、
数多くの子供たちを送り出して行きました。
しかしながら、平成7年(1995年)御成門小学校に統合されて廃校となりました。   


廃校後、校地の一部は、港区立神明保育園となっていますが
敷地の多くは再開発され、マンション(シティハイツ神明)や
ビル(ホワイトタワー浜町町)が建ち、ら学校跡だったとは思えません。

     20200908神明小学校02



都会のビルだから、公開空地も設けられているようです。

     20200908神明小学校01



学校跡碑が建てられていると言う事なので、探してみます。

     20200908神明小学校03


花壇のような一角に、その碑は在りました。

      20200908神明小学校209


ちょっと見にくいけれど、植木の影に隠れるように碑が在りました。
    
      20200908神明小学校04


      20200908神明小学校07   



こちらが、神明小学校の記念碑。

     20200908神明小学校05



裏面には、校歌が刻まれている。

     20200908神明小学校08


その隣には、石碑案内板。

     20200908神明小学校06



碑は、シティハイツ神明の前に在り
駐車場を通って反対側に抜けてみます。

     20200908神明小学校10



建物の反対側にも神明小学校の遺構を発見。

     20200908神明小学校11


校舎改築記念の碑です。

     20200908神明小学校12



近くには、こんな碑も在りました。

『福沢・近藤両翁学塾跡』

     20200908神明小学校13


     20200908神明小学校14

福沢諭吉が慶応4年(1868年)に蘭学塾を築地からこの地に移転しました。
移転した元号にちなんで慶應義塾と名づけ、明治4年に現在の慶應義塾がある三田に移転をします。
その際、近藤真琴が経営していた攻玉社に跡地を格安で譲り渡し、
攻玉社は大正14年までこの地を学び舎としていました。

慶應義塾大学、攻玉社高校とその名を変えて行きましたが
明治の創成期に近代日本の教育の原点がこの地に在りました。る



昭和53年に改築された神明小学校の校舎はとっくに解体され
現在は、その敷地に立派なマンションとビルが建ち並んでいます。

     20200908神明小学校15
     20200908神明小学校16



     20200908神明小学校17
     20200908神明小学校18


まあ、都心の一等地。
ましてや、バブル期に廃校となって、
再開発の嵐の中で、変貌していったのでしょう。

大都会・東京じゃ仕方がないことでしょう。



関連記事
スポンサーサイト



2020/09/26 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit