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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内・御朱印散歩 港区編   《御穂鹿嶋神社》 (2020年7月26日)(東京都港区) 

7月26日 

この日は、夜勤明け。

午前10時に仕事を終え、ちょっぴり寄り道をして帰ります。

東京駅から山手線に乗り浜松町で下車。
びいすけ 父さんの2回目の港区散歩。
浜松町駅を起点に芝公園周辺へと足を伸ばし、
さらには田町方面へと向かいます。

御田八幡神社をあとにして、向かった先は................御穂鹿嶋神社。

御穂鹿嶋神社は、東京都港区芝に鎮座する神社です。


元々は『御穂神社』と『鹿嶋神社』という別々の神社でしたが、
どちらも本芝地区(現在の芝4丁目)の鎮守であったため、
古くから『本芝両社』と称されていました。
平成16年(2004年)に両社が合祀し、現在の『御穂鹿嶋神社』となり、
平成18年(2006年)に現在地へ遷座されました。

『御穂神社』の創建は、大永五年(1525年)と伝えられ、
後村上天皇年間(1339年〜1368年)、都からやってきた老人が、
芝浜の地に庵を構え、小さな漁村であった当地の村民に、
忠孝の義を教え導いたとされています。
この老人は藤原藤房と言う人物であったとされ、
彼が没した後に、彼を慕った村人たちが庵のあった場所に宮所を設け、
祭祀が続けられてきたとされます。

また、『鹿嶋神社』は、寛永年間(1624年〜1644年)の創建と伝えられ、
ある日、芝浜の当地に祠が漂着しました。
後日、常陸国の人が祠を探し求めて尋ねてきて、
常陸国一之宮「鹿島神宮」境内に鎮座していた一社であるとして
舟に繋いで持ち帰ろうとしました。
しかし、再び同じように流されて当地に漂着し、
『この浦に鎮まり坐すべし』との御神託があった事から、
この地でお祀りする事となったそうです。


御祭神は、藤原(萬里小路)藤房卿。
     武甕槌命。



社号標。

     20200726御穂鹿島神社01


鳥居。

     20200726御穂鹿島神社02



手水舎。

     20200726御穂鹿島神社03


    
拝殿。
 
     20200726御穂鹿島神社04


拝殿正面。

     20200726御穂鹿島神社05


     20200726御穂鹿島神社06



別アングルからの拝殿。

     20200726御穂鹿島神社07


     20200726御穂鹿島神社08



そして、本殿。

     20200726御穂鹿島神社09



拝殿前の狛犬。

     20200726御穂鹿島神社10

     
     20200726御穂鹿島神社11



拝殿前の天水桶。

     20200726御穂鹿島神社12



境内社。

     20200726御穂鹿島神社13

稲荷社・天満宮・住吉社の三社



拝殿脇の狛犬。

     20200726御穂鹿島神社14



境内の力石。

     20200726御穂鹿島神社15



芝浜囃子の碑。

     20200726御穂鹿島神社16


こちらが社務所。

     20200726御穂鹿島神社17

御朱印は、こちらで拝受出来ます。



御穂鹿嶋神社の御朱印。

     20200726御穂鹿島神社18


山手線の車内から良く見かけた神社。
以前からやっと気にはなっていたんだけど...............

やっと、参拝する事が出来ました。






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2020/09/01 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit