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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内・御朱印散歩 港区編   《増上寺》 (2020年7月26日)(東京都港区) 

7月26日

この日は、夜勤明け。

午前10時に仕事を終え、ちょっぴり寄り道をして帰ります。

東京駅から山手線に乗り浜松町で下車。
びいすけ 父さんの2回目の港区散歩。
浜松町駅を起点に芝公園周辺へと足を伸ばします。

芝大神宮をあとにして、向かった先は................増上寺。


増上寺は東京都港区芝公園にある浄土宗の仏教寺院です。
山号は三縁山。三縁山広度院増上寺と称します。

その歴史は、9世紀、空海の弟子・宗叡が武蔵国貝塚(今の千代田区麹町・紀尾井町あたり)
に建立した光明寺が増上寺の前身だとされています。
その後、室町時代の明徳4年(1393年)、浄土宗第八祖の酉誉聖聡の時、
真言宗から浄土宗に改宗し、寺号も増上寺と改めました。

聖聡の弟子には、松平氏宗家の第三代当主松平信光が開基した信光明寺の釋誉存冏や、
松平氏宗家第四代当主の松平親忠が開基した大恩寺の了暁慶善がいて、
松平親忠の第四子で、浄土宗総本山知恩院25世の超誉存牛や、
徳川将軍家菩提寺である大樹寺の勢誉愚底は、いずれも聖聡の孫弟子であり、
中世から松平氏や徳川氏とのつながりが深かったそうです。

徳川家の菩提寺として有名ですが、天正18年(1590年)徳川家康が江戸入府の折、
たまたま増上寺の前を通りかかり、源誉存応上人と対面したのが
菩提寺となるきっかけだったとされています。

慶長3年(1598年)、家康によって貝塚から現在地の芝へ移されました。

寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、
裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したものとされています。

また、徳川家の菩提寺であるとともに、檀林(学問所及び養成所)がおかれ、
関東十八檀林の筆頭でありました。


ちなみに、関東十八檀林は

武蔵国
   増上寺(東京都港区)
   伝通院(東京都文京区)
   霊巌寺(東京都江東区)
   霊山寺(東京都墨田区)
   幡随院(東京都小金井市)
   蓮馨寺(埼玉県川越市)
   勝願寺(埼玉県鴻巣市)
   大善寺(東京都八王子市)
   浄国寺(埼玉県さいたま市岩槻区)

相模国
   光明寺(神奈川県鎌倉市)

下総国
   弘経寺(茨城県結城市)
   東漸寺(千葉県松戸市)
   大巌寺(千葉県千葉市)
   弘経寺(茨城県常総市)

上野国
   大光院(群馬県太田市)
   善導寺(群馬県館林市)

常陸国
   常福寺(茨城県那珂市)
   大念寺(茨城県稲敷市)

となっています。



こちらが大門。

     20200726増上寺01



地下鉄の駅名の由来でもある。
増上寺の旧総門であり、昭和12年に東京市が市民の寄付を募って改築した
コンクリート造のものです。

     20200726増上寺02



こちらが、三解脱門。
通称『三門』と呼ばれています。

     20200726増上寺03

ここを通ることで、「むさぼり、いかり、おろかさ」と言う
人間が抱える三つの煩悩から解き放たれるとされています。



三門に掲げられた扁額。
そこには山号が記されている。

     20200726増上寺04



三門前には説明板が並ぶ。

     20200726増上寺05



三門をくぐり、境内に入ると案内板がお出迎え。

     20200726増上寺06



案内板には、増上寺の寺紋。

     20200726増上寺07

月星と九曜紋。
コレって、思い切り千葉氏の家紋じゃない?

聖聡が下総国守護の千葉宗家十三代当主・氏胤の子であったことから
千葉氏所縁の紋が使われているようです。



手水舎。

     20200726増上寺08



     20200726増上寺09


どうやら、増上寺では手水舎とは呼ばず、水盤舎と称しているようです。
この水盤舎は港区の指定文化財になっています。

     20200726増上寺10



大殿。

     20200726増上寺11

背後に聳えるのは、東京タワー。


増上寺と東京タワー。

     20200726増上寺12

昭和生まれの人間にとって、これぞ『the 東京』っていう感じです。



大殿正面に掲げられた扁額。

     20200726増上寺13



その内部。

     20200726増上寺14



別アングルからの大殿。

     20200726増上寺15



こちらは大殿左手に建つ光摂殿。

     20200726増上寺16



正面に掲げられた扁額。

     20200726増上寺17



こちらは、黒門脇に立つ慈雲閣。

     20200726増上寺18


その扁額。

     20200726増上寺19




こちらは、安国殿。

     20200726増上寺20

大殿の向かって右側にあります。



別アングルからの安国殿。

     20200726増上寺21

御朱印は、こちらで頒布されていました。



半紙1枚(実際には数行程度)の写経をすれば、特別な御朱印も授与できるようです。

     20200726増上寺22



今回は通常版の御朱印(3種)をいただきました。

     20200726増上寺23



安国殿の脇から徳川家の徳川将軍家墓所へ行く事ができます。

     20200726増上寺24


徳川将軍家墓所への導線の途中には、『千躰子育地蔵菩薩』。

     20200726増上寺25


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     20200726増上寺27



こちらが、徳川将軍家墓所前。

     20200726増上寺28



正確には、徳川将軍家墓所前の鋳抜門。
これまた、港区の指定文化財。

     20200726増上寺29

この奥に6人の将軍の墓所があります。



徳川家の家紋、三つ葉葵がグッとくる。

     20200726増上寺30

別途入場料(拝観料)がかかるのと、先を急いでいたので
徳川将軍家墓所内は今回はパス。



徳川将軍家墓所前の石仏群。

     20200726増上寺31



こちらは鐘楼堂。

     20200726増上寺33



こちらが、増上寺の旧・方丈門。
通称『黒門』。

     20200726増上寺35



その説明板。

     20200726増上寺34



こちらは、増上寺に隣接する旧・台徳院霊廟惣門。
東京プリンスホテルの敷地の入り口になる。

     20200726増上寺36

江戸幕府二代将軍徳川秀忠の霊廟で、その殆どが
戦時中の東京大空襲で焼失してしまったそうです。

焼け残った『勅額門』『丁子門』『御成門』は所沢市の狭山不動尊に移築され、
惣門がこの場所に現存しています。


こちらも港区の指定文化財。
その説明板。

     20200726増上寺37


惣門内には、仁王像。

     20200726増上寺38


     20200726増上寺39

もともとは、埼玉県川口市の西福寺にあったもので
昭和22年(1948年)に浅草寺に譲渡され、
さらに昭和33年(1958年頃)に惣門に移されたそうです。



こちらが、増上寺の御朱印。


黒本尊の御朱印。

     20200726増上寺40

安国殿にまつられている黒本尊は、徳川家康が出陣の際にも、そばに置いて祈願していたとされ、
徳川家康を天下人へ導いた「勝運」「仕事」「出世」の御利益のある仏像です。




阿弥陀如来の御朱印

     20200726増上寺41

大殿に祀られている阿弥陀如来。
増上寺の本尊になります。


西向聖観世音菩薩の御朱印。

     20200726増上寺42



元々、御朱印めぐりは神社中心ですが、
増上寺には他の御朱印(徳川将軍家墓所にて期日指定日限定)も頒布されるようなので
機会があれば、また訪れたいものです。

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2020/08/29 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit