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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

水戸八景  《青柳夜雨》  (2020年1月25日)(茨城県水戸市) 

1月25日

この日は、水戸市に出かけました。

鹿島香取神社から歩いてすぐの場所に
水戸八景 《青柳夜雨》の碑が建っています。


水戸八景は、水戸藩第9代藩主・徳川斉昭が水戸藩領内の景勝地を
領内の風光明媚な場所を「八景」の様式にならって8つを選んだモノです。
その景勝地には、当時の碑が建てられているそうです。

その一覧は

⚪︎青柳夜雨 (あおやぎのやう)
かっては川岸に柳が植えられていたこの地からは
那珂川を渡る渡し船、那珂川越しの水戸の城下町などの眺望があった。

⚪︎太田落雁 (おおたのらくがん)
かっては、この地域には真弓千石と呼ばれた水田が広がっており、
眼下に水田、遠く先に阿武隈山地の眺望があった。

⚪︎山寺晩鐘 (やまでらのばんしょう)
この地は旧久昌寺の付属施設「三昧堂檀林」があった場所であり、
近隣には佐竹寺、白鳥寺などの寺院があった。

⚪︎村松晴嵐 (むらまつのせいらん)
かっては、この地から太平洋を見ることができた。
「村松晴嵐」の碑は東海村の指定文化財(記念物)である。

⚪︎水門帰帆 (みなとのきはん)
この地域は古くから"湊"と呼ばれ、"水門"は"湊"をもじったものである。
この地は高台にあり、那珂湊漁港を見下ろす眺望があった。

⚪︎巌船夕照 (いわふねのゆうしょう、いわふねのせきしょう)
涸沼川と那珂川の合流地点で、周辺に水田、西に筑波山、加波山の眺望があった。
"巌"は資料によって"岩"とも表記される。

⚪︎広浦秋月 (ひろうらのしゅうげつ)
"広浦"は、当時の地元民による涸沼の呼称である。
かってこの地は砂州であり、周囲には老松が茂っており、
涸沼の湖面、西に筑波山の眺望があった。


数年前に、涸沼湖畔の『広浦秋月』の地を訪れた時
(その時の記事は こちら )
水戸八景の地をいつか巡ってみたいと思いましたが
機会を逸していました。
今回、近くに来たので、立ち寄ってみました。



那珂川の堤防沿いの道路には立派な案内看板。

     20200125水戸八景 青柳夜雨01


     20200125水戸八景 青柳夜雨02


堤防から一段下がった一角に、それらしき碑が建っています。

     20200125水戸八景 青柳夜雨03


     20200125水戸八景 青柳夜雨04

近づいてみましょう。


正面に回ってみます。

     20200125水戸八景 青柳夜雨06


説明板。

     20200125水戸八景 青柳夜雨05



こちらが水戸八景の碑。

     20200125水戸八景 青柳夜雨07


     20200125水戸八景 青柳夜雨08



碑の脇には立派な柳の木。

     20200125水戸八景 青柳夜雨09
     20200125水戸八景 青柳夜雨10

今は、時期的に柳の葉も枯れ落ちてしまっているけど
新緑の季節は見事な柳の木として『見る目を楽しませてくれる』
そんな言葉を隣接する鹿島香取神社の宮司さんが仰ってました。



那珂川の堤防に戻ってみます。

     20200125水戸八景 青柳夜雨11


     20200125水戸八景 青柳夜雨12


     20200125水戸八景 青柳夜雨13


     20200125水戸八景 青柳夜雨14


     20200125水戸八景 青柳夜雨15


この堤防越しに見る水戸の城下町などの眺望が良かったんでしょうね。





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2020/03/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit