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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

大台城址  (2019年12月25日) (千葉県印旛郡栄町) 

12月25日

この日は、栄町の駒形神社にやって来ました。

駒形神社の鎮座する台地は、かつての大台城址だと言う事です。


大台城の詳細は不明ですが、『印旛郡誌』によれば
弘治2年(1556年)、依田因幡守が大台城を築き、
弟の兵助に守らせたが天正2年に落城したということです。。

また『東国闘戦見聞私記』によれば、龍台合戦の項に、
天正9年、栗林義長を迎え撃つために、
織田方の武将たちが安食に陣取ったということになっているそうです。



こちらが、大台城の縄張り図。

      20191225大台城址01

( 余湖さんのHP よりお借りしました。)



駒形神社へと向かう道には土塁跡らしき土壇も残る。

      20191225大台城址02


この竹藪の奥も土塁っぽく見えたりする。

      20191225大台城址03


こちらが駒形神社社頭。

      20191225大台城址04



神社の境内にもそれっぽい土壇が残る。

      20191225大台城址05



駒形神社境内の石碑。

      20191225大台城址06

以前、何処のHPで、この石碑が大台城で戦があった時の碑だと言うような記事を見た事があったけど
どこのHPだったか記憶が定かでない。


その石碑の前の道。

      20191225大台城址07

いかにも城郭の大手に至る道のようにも見える。



進んだ先は、栄町立栄中学校。

      20191225大台城址08



中学校の奥は一部が耕地化されていて
城郭遺構は残っていない。

      20191225大台城址09

あくまでも伝承でしか、その存在を知る術はなく、
遺構も残されていない大台城址。

中世の無名の小さな城郭は、こんなモノなんでしょうね。




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2020/02/02 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit