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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

茨城百景 《 無量寿寺 》   (2019年12月25日)(茨城県鉾田市) 

12月25日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

秋に鉾田市の廃校を巡りましたが、その時に近くを通りながら
行きそびれた場所が幾つかあり、今回それらに訪れてみました。

向かった先は...............無量寿寺。

無量寿寺はここ数年追いかけている『茨城百景』の一つです。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)


無量寿寺は、大同元年(807)、平城天皇の勅願所として建立されました。
当初は「無量寺」と称していました。
承久3年(1221)、笠間の稲田草庵(西念寺)より鹿島神宮へ参詣する親鸞聖人が
廃寺同様になっていたこの寺に3年間住み、念仏と布教に当たったと言われています。

親鸞聖人は、阿弥陀仏を自ら刻んで本尊とし、浄土真宗の教えを広めたことから、
「親鸞聖人ゆかりの寺」といわれています。
親鸞聖人が3年間の布教を終えてこの地を去るにあたり、
弟子である順信房にこの寺を譲り後を託します。
その時に「無量寿寺」と改称したとされています。



こちらが無量寿寺の山門。

      20191225無量寿寺01

山門って言うと、もっと違った形だと思ったりするけど
寺院の表門を総称して「山門」と呼ばれるらしい。



山門前の掲示板。

      20191225無量寿寺02


そして、説明板。

      20191225無量寿寺03



お目当ての茨城百景の碑は、山門脇に在りました。

      20191225無量寿寺04


      20191225無量寿寺05



敷地内に入ると、すぐ目に入るのは、忠魂碑。

      20191225無量寿寺06

終戦直後、この地区のランドマーク的な存在だったのでしょうね。



本堂に続く石段。

      20191225無量寿寺07



石段を上った先には、薬医門(?)。

      20191225無量寿寺08

こちらが、通称『大門』と言われている門。


そして、門の先には本堂が見えます。

      20191225無量寿寺09



無量寿寺には、国や県の文化財に指定されているモノが多い。

      20191225無量寿寺10



手水舎。

      20191225無量寿寺11



茅葺きの本堂。

      20191225無量寿寺12

こちらは、茨城県の指定文化財。



別アングルから。

      20191225無量寿寺13




向拝の彫刻。

      20191225無量寿寺14



僅かな隙間から覗き込んだ本殿内部。

      20191225無量寿寺15



鐘楼。

      20191225無量寿寺16



境内の親鸞聖人像。

      20191225無量寿寺17



こちらは、慈愛の像。

      20191225無量寿寺18



こちらが、親鸞聖人お手植えとされる菩提樹。

      20191225無量寿寺19

こちらも茨城県の天然記念物に指定されています。


こちらも天然記念物に指定された斑入銀杏。

      20191225無量寿寺20


そして、境内の見事な大樹。

      20191225無量寿寺21
      20191225無量寿寺22

神社の場合、御神木って言うんだけど
寺院の場合は、何て言うんだろう?



寺務所に声を掛けて、御朱印をお願いしたら
住職さんが不在で対応できないとの事でした。

せっかくだし、茨城百景の地だからと御朱印を望んだのですが
不在であれば仕方がない。

これも縁なんですね。


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2020/01/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit