FC2ブログ

12 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 02

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

大石邸跡 (2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は茨城県の笠間市に出かけました。


笠間市で探していた茨城百景。
その一つである『笠間稲荷と左白山』の碑の建つ笠間稲荷駐車場の隣に
大石内蔵之助邸址がありました。

      20191007大石家跡01


      20191007大石家跡02



大石内蔵之助って赤穂浪士でしょ?
兵庫の方に住んでいたんじゃないの?

素朴な疑問が浮かびます。


忠臣蔵で知られる赤穂藩、浅野家の家老である大石内蔵之助。
その曽祖父・良勝(よしかつ)と祖父の良欽(よしたか)が住んでいた屋敷跡になります。

浅野家は、元和8年(1622年)に笠間藩53500石の藩主となりました。
城下町の整備に尽力し、当時、笠間城のあった佐白山山頂付近で行っていた政務を
佐白山麓公園付近に下屋敷を建てて移し、 より城下町に近い場所で政務を行うことで
城下町の発展を促しました。
浅野家は、正保2年(1645年)に赤穂へと国替えとなりましたが
その後も家老屋敷として使われたそうです。


なるほど、実際には大石内蔵之助は住んでいなかったようですね。
確かに『大石邸址』とありますが『大石内内蔵之助邸址』とはなっていない。

      20191007大石家跡03



でも、大石邸址の敷地内に大石内蔵之助の像が建っている。

      20191007大石家跡04


      20191007大石家跡05

まぁ、これもいわゆる大人の事情って言うやつだろう。
細かいことは気にしないでおこう。



浅野家と大石家と笠間市の関係の説明板。

      20191007大石家跡06

確かに、今日笠間市に来て初めてその関係を知りました。
死なない人って、結構多いんじゃないのかな?




この辺りに屋敷が建っていたんでしょうか?

      20191007大石家跡07



敷地の奥は私有地のため立ち入り禁止。

      20191007大石家跡08



大石邸址として解放しているエリアには板碑も建てられている。

      20191007大石家跡09


      20191007大石家跡10


おもいがけず、赤穂藩で有名な浅野家と
赤穂浪士で有名な大石家と笠間市との由縁を知る事ができ
今日は一つ勉強になりました................。




関連記事
スポンサーサイト



2019/11/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit