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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

桜花43乙特攻基地跡 (2019年3月9日)(千葉県いすみ市) 

3月9日

この日は、いすみ市に出かけました。

平成29年の春に廃校となった中川小学校(現:夷隅小学校仮校舎)に訪れた際に、
敷地内に入れないので、フェンス沿いに校舎裏手に向けて歩いていると、
目の前に何やら案内板が見えてきた。

      20190309桜花43乙特攻基地跡01



いすみ市教育委員会が設置した説明板でした。

      20190309桜花43乙特攻基地跡02



中川小学校の裏手は山になる。
地形的に、そして雰囲気的に、てっきり城址の案内板かと思ったら違っていた。

      20190309桜花43乙特攻基地跡03

『特攻機 「桜花四三乙型」行方基地跡』とあります。



基地跡は60m先に在ると言う。

      20190309桜花43乙特攻基地跡04



ここで、『桜花』とは?

特攻機・桜花は、機首部に爆弾を載せた小型航空特攻兵器です。
当初は、母機に吊るされて目標物付近でミサイルのように発射されて、
搭乗員が誘導して目標に体当たりさせるものとして開発投入されました。
片道分の燃料を積み、帰還する事も想定されない。
まさに、人間爆弾と言う特攻機です。

しかし発射前に母機が撃墜されてしまい、その戦果を発揮することが出来ず、
連合軍の本土侵攻に備え、ジェットエンジンで地上からのカタパルト発進方式に改められた
桜花四三乙型が開発されました。

内陸部より発射され、機体の軽量化などが図られ、
ジェットエンジンの推進力を利用して300kmの航続距離を得て
目標物に向かうミサイルのようなものです。

桜花四三乙型の発射基地は、全国に数ヶ所設置され
その一つが、ここになります。




正直、個人的には先の(と言っても、もう70年以上も前の方が話しですが)大戦を含め
戦争そのものには否定的で、関心はありませんが
目の前にいきなり戦争遺構が現れると..................


誘惑には勝てません。
ちょっと覗きに行きましょう。


説明板の60m先と言う言葉を信じ、森の中に入って行きます。

      20190309桜花43乙特攻基地跡05



まぁ、森の中(どちらかと言うと山の中?)に入るのは
城址巡りで慣れているからね(笑)。

      20190309桜花43乙特攻基地06



奥へと続く道と言うか、進路。

      20190309桜花43乙特攻基地跡08



この先は、まるで城址の虎口のようにも見える。

      20190309桜花43乙特攻基地跡09


      20190309桜花43乙特攻基地跡10


先に進んで、振り返って見ると............

      20190309桜花43乙特攻基地跡07

『桜花』は、ここから発射台へと向かう計画だったのでは?
中世の城郭で言えば、『馬出し』のようなものだったのか?




コンクリート製の造形物。

      20190309桜花43乙特攻基地跡11

これは、『桜花』の転回台の跡のようです。



転回台の右側には洞窟。

      20190309桜花43乙特攻基地跡12



こちらが、『桜花』の格納庫。

      20190309桜花43乙特攻基地跡13


      20190309桜花43乙特攻基地跡14



その長さは30mにも及ぶ。

      20190309桜花43乙特攻基地跡15


戦後生まれで、戦争を知らない世代だし
戦争を否定する考えは変わらないけれど
実際に、こうやって戦争遺構を見ると考えさせられるモノがある。

ましてや、特攻機と言う今の時代では考えられない感覚の遺構。
時代がそう言った感覚、精神を作ってしまったのか?
よくは分からないが、少なくても悲しい歴史であることには違いない。

同じ過ちをすることなく、こう言った過去の悲しい遺産を遺す事で
平和な時代が末永く続くことに期待するしかない。





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2019/04/28 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit