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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

磯部館址   (2019年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、桜川市に出かけました。

御朱印拝受のために訪れた桜川磯部稲村神社。

実は、この桜川磯部稲村神社の鎮座する台地が、
かつての磯部館と言う城館跡になります。
(偶然、標柱を見つけて城館跡だと気づきました。)

磯部館は、笠間氏家臣磯部氏の居館とされています。
居館の在ったこの地は、下野国と常陸国の境目にあり、
富谷城の益子氏側に対して、磯部館は笠間氏側の最前線であったと言われています。

境内の説明板によれば...............

永享10年(1438年)、桜川磯部稲村神社の神主である磯部祐行は、
関東管領足利持氏に花見噺「桜児物語」1巻を献上した。
この物語をもとに将軍足利義教が世阿弥元清に作らせたのが、
謡曲「桜川」とされているそうです。




こちらが、磯部館の縄張り図。

      20190216磯部館磯部館縄張り図

( 余湖さんのHP より お借りしました。 )



磯部館の中心部とされるのが、桜川磯部稲村神社。

      20190216磯部館01



社頭に建つ『磯部館跡』の標柱。

      20190216磯部館02

旧・岩瀬町時代のモノ。
旧・岩瀬町は、この手の標柱を各城館、城郭の文化財に建てていたようです。
それなりの年季が入っているから、そろそろ更新時期?
富谷城跡の標柱は朽ちて倒れていたからなぁ。



どうしても、社殿のある場所が城館跡の中心かと思ってしまいますが
社殿周りよりも見所は別になるようです。


鳥居脇の土塁。

      20190216磯部館03



こちらが、社殿のある境内から宮司さん宅へと向かう途中にある空堀。

      20190216磯部館04


      20190216磯部館07


      20190216磯部館08



そして、土塁。

      20190216磯部館05


      20190216磯部館06


      20190216磯部館10



空堀先のを下って行きます。

      20190216磯部館09


      20190216磯部館11


      20190216磯部館12


      20190216磯部館13


いきなり現れた石垣。

      20190216磯部館14

見るからに新しい。
これは城郭に絡むものではなく、
この石垣の先に鎮座している社のもでしょう。


石垣の奥にも空堀。

      20190216磯部館15



石垣のある辺りは削平地。

      20190216磯部館16



まさに郭跡のようで、桜川磯部稲村神社の宮司さん宅も
この削平地に建っている。

      20190216磯部館17



かつての登城路になるのか?

      20190216磯部館19


この辺りは、虎口っぽく見えなくもない。

      20190216磯部館18


      

神社の周りの民家の先にも空堀は残っている。

      20190216磯部館20


      20190216磯部館21


逆に言えば、空堀が遺構の代表格とも言える磯部館跡。
元々、予定外の訪問の城郭・城館跡だけど、
やっぱり、城郭巡りも楽しいものです。


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2019/04/10 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit