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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............《 築士神社 》 (2019年1月8日)(東京都千代田区) 

1月8日

この日は、午前中に健康診断。
午後からは都内の散歩。
都内の神社の御朱印巡りの散歩です。


東京大神宮をあとにして、向かった先は..............築土神社。


築土神社は、東京都千代田区九段北に鎮座する神社です。


天慶3年(940年)、江戸の津久戸村(上平川村、現:千代田区大手町一丁目将門塚付近)に
平将門の首を祀り、塚を築いたことから「津久戸明神」として創建されたとされ、
室町時代に太田道灌により田安郷(現:千代田区九段坂上)へ移転させられて
以降は「田安明神」とも呼ばれ、日枝神社、神田明神とともに
江戸三社の一つにも数えられることもありました。

元和2年(1616年)に江戸城の拡張工事により、
筑土八幡神社隣接地(現:新宿区筑土八幡町)へ移転し、
「築土明神」と呼ばれました。

明治7年(1874年)天津彦火邇々杵尊を主祭神として「築土神社」へ改称し、
300年以上の間、筑土八幡神社と並んで鎮座していましたが、
昭和20年(1945年)の東京大空襲によって全焼してしまいます。
昭和29年(1954年)、現在の九段中坂の途中にある世継稲荷境内地へ移転しました。


創建時の祭神・平将門に因み、武勇長久の神社として親しまれ、
千代田区北の丸公園にある日本武道館の氏神でもあります。

江戸時代の文献によれば、平将門の首(頭蓋骨や髪の毛)そのものが安置されていたといわれ、
数ある将門ゆかりの社寺の中で、将門信仰の象徴的神社となっていたそうです。


御祭神は、天津彦火邇々杵尊。

明治以前は平将門を主祭神としていましたが
現在は、天津彦火邇々杵尊を主祭神とし、
平将門、菅原道真を配祀しています。



東京大神宮から、目白通りを歩き築土神社を目指します。
目白通りから一本内に入ると、やがて現れる社号標。

      20190108築土神社01


  
こちらのビルが神社?

      20190108築土神社02

よく見ると、ビルの一部が鳥居になっている。
(って言うか、ビルの1、2階部分に鳥居が建てられている)



ビル正面が神社社頭になるんですね。

      20190108築土神社03

いかにも都心の神社って言う感じです。


鳥居に掲げられた神額。

      20190108築土神社04



鳥居前に鎮座している狛犬。

      20190108築土神社05


      20190108築土神社06



その狛犬の説明板。

      20190108築土神社07


手水舎。

      20190108築土神社08



定番の龍の吐出口。

      20190108築土神社09


   

社殿前の狛犬。

      20190108築土神社10


      20190108築土神社11



こちらが、拝殿。

      20190108築土神社12



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190108築土神社13



拝殿正面内部。

      20190108築土神社14



別アングルからの拝殿。

      20190108築土神社15




そして、こちらが本殿。

      20190108築土神社16


拝殿正面に飾られた提灯。

      20190108築土神社17



境内社。

      20190108築土神社18



こちらが、社務所。

      20190108築土神社19



どして。こちらが御朱印。

      20190108築土神社20


書き置き版ですが、社務所にて拝受いたしました。



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2019/03/07 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit