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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

廃校を訪ねて................養老小学校川在分校 (2018年11月9日)(千葉県市原市 ) 

11月9日

この日は、市原市に出かけました。


勝間日枝をあとにして、向かった先は.....................市原市立養老小学校川在分校。

川在分校は

明治6年      川在村に川在学校開校
明治22年      町村制施行に伴い、松崎村、磯ヶ谷村、山田村、土宇村、
          櫃挾村、大桶村、川在村、新巻村が合併し養老村が発足。
明治42年      養老第三尋常小学校と改称する。
大正5年       養老第一、第二、第三尋常小学校を統合して養老尋常小学校が発足。
          養老尋常小学校川在分教場と改称する
昭和22年      学制改革により、養老村立養老小学校川在分校と改称する。
昭和30年      養老村と市西村が合併し三和町が誕生。
          三和町立養老小学校川在分校と改称する。
昭和38年      三和町が市原町、五井町、姉崎町、市津町と合併して市原市が誕生。
          市原市立養老小学校川在分校と改称する。
昭和48年      本校に統合され、廃校となる。


と、このような沿革となっているようです。



こちらが、川在分校の正門跡。

      20181109川在分校01



コンクリート製の門柱は残っているけれど、
表札は外されています。

      20181109川在分校02


まあ、廃校になったのも45年前だから、それも仕方がない事。

      20181109川在分校03


敷地内は、学校跡を彷彿させるモノは殆ど無い。

      20181109川在分校05


しいてあげれば、周りの木々が学校に有り気な木に見えること。

      20181109川在分校06


      20181109川在分校07


      20181109川在分校11



何も無い草っ原状態の敷地内を、びいすけ は匂い嗅ぎ。

      20181109川在分校10      


は〜い、そんなに遠くへ行ってはいけません。
良い子はすぐに戻りなさい!!



呼び戻しに応じる びいすけ 。

      20181109川在分校08



まあ、なんてお利口さん(笑)。

      20181109川在分校09

親バカですみません!(笑)。



笑いごとではない、シリアスな話を.............

実は、この川在分校には悲しい歴史があります。

時は、終戦間近の1945(昭和20)年の5月8日の正午。
低空飛行の米軍機が校舎を狙って機銃掃射を仕掛けてきました。
近づいた空軍機にあどけない様子で手を振る子もいた中、
容赦ない襲撃がなされ、昼食の時間は一瞬にして惨状と化しました。
3名の児童が即死、1名の教諭と10名の児童が重症を負ってしまいました。

戦後、この悲しい事件を忘れられないようにと
川在分校に「学童殉難碑」が建てられましたが、
川在分校は廃校となり、川在分校の「学童殉難碑」は、
本校の養老小学校に移設されたそうです。

毎年、5月8日の正午に川在分校で慰霊祭が行われているそうです。




そんな悲しい出来事があった事などあまり語られてはいない。      


敷地内の片隅には、例のごとく消防倉庫が建っている。     

      20181109川在分校12



どこにでもあるような廃校跡の風景が広がっている................。




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2019/01/03 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit