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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

鶴ヶ城 (2018年10月29日)(福島県会津若松市) 

10月29日

1泊2日の福島旅行。
その初日は会津若松市にやって来ました。


会津若松市と言えば、城下町。
昔、昔の戦国時代、会津地方は後の会津若松である黒川を本拠とする
戦国大名の蘆名家の領国でした。
蘆名氏は会津守護を自称して勢威を奮いましたが、
天正17年(1589年)、蘆名義広が摺上原の戦いで伊達政宗に大敗して
会津は伊達政宗の支配下に入り、政宗は黒川を新たな本拠としました。

天正18年(1590年)、豊臣秀吉は会津黒川に入って奥州仕置を行ないます。
会津地方及び周辺地域を政宗から没収し、蒲生氏郷を42万石で入部させます。
(後に検地と加増で氏郷は92万石を領有することになります。)

氏郷は黒川を若松と改め、故郷の近江日野から商人や職人を呼び寄せて
武家屋敷を分離させた町割をして、新たな城下町を建設します。
また、黒川城を新たに7層の天守を持つ城を築いて、現在の会津若松の基盤を築きました。

その後、秀吉の命により上杉家(120万石)の領地となりますが
江戸幕府成立後は、再び蒲生家(60万石)の領地となります。

その後、加藤家(40万石)、保科家(23万石)と藩主は変わっていきますが
保科家が会津松平家と改姓し、徳川家と深い繋がりを持っていきます。

武家政治の終焉、徳川時代の終焉の象徴でもある戊辰戦争における
会津若松の悲劇は、こうした時代背景からくるものでしょう。





さて、その会津若松の象徴である鶴ヶ城。

地元では鶴ヶ城(つるがじょう)と言われていますが、
地元以外では会津若松城と呼ばれることが多いそうです。
文献では旧称である黒川城、または単に会津城とされることもあるそうです。
国の史跡としては、若松城跡の名称で指定されているそうです。

郭内(武家屋敷)と町屋敷が外濠で隔てられ、
さらには郭内の内側に内濠を有する梯郭式の平山城です。

1384年、蘆名氏7代当主の蘆名直盛が小田垣の館(東黒川館)という館を造ったのが
若松城のはじまりとされています。
諸説はありますが、15世紀半ば迄には黒川城、とその城下が成立していました。
以後、蘆名氏の城として戦国時代を迎え、蒲生、伊達、上杉、加藤、保科(後の松平)と
変わりゆく城主を見守ってきたのが鶴ヶ城です。


こちらが、鶴ヶ城の縄張り図。

      鶴ヶ城縄張り図

                      (余胡さんのHPよりお借りしました。)


著名な観光地でもあるから、案内板も完備されています。

      20181029鶴ヶ城01



西出丸は現在、有料駐車場。

駐車場と利用するのは勿体ない気もするし
城内に車が頻繁に出入りするのは.....?......と思うけれど
諸般の事情で仕方ない。


西出丸の石垣。

      20181029鶴ヶ城02



西出丸から本丸に向かう土橋。
正面は本丸枡形。

      20181029鶴ヶ城31




本丸枡形の石垣。

      20181029鶴ヶ城03





本丸の隅には、上杉謙信の仮廟所跡

      20181029鶴ヶ城04

      20181029鶴ヶ城05

戦国時代の武将・上杉謙信は天正6年(1578年)に亡くなり、
居城であったかすが春日山城(新潟県上越市)に埋葬されましたが
その後継者である上杉景勝が会津に移封するにあたり
上杉謙信の墓所も鶴ヶ城内のこの辺りの仮殿に安置したそうです。



鐘撞堂

      20181029鶴ヶ城06


時守を置いて昼夜時刻を城下に報じていたお堂。

      20181029鶴ヶ城07



こちらが、本丸天守閣。

      20181029鶴ヶ城08


残念ながら、この天守閣は復興天守閣・

      20181029鶴ヶ城09

現在の日本の城郭で築城時のオリジナルの天守閣が現存するのは12城のみ

弘前城(青森県)
松本城(長野県)
丸岡城(福井県)
犬山城(愛知県)
彦根城(滋賀県)
姫路城(兵庫県)
松江城(島根県)
備中松山城(岡山県)
丸亀城(香川県)
伊予松山城(愛媛県)
宇和島城(愛媛県)
高知城(高知県)

これら12城以外は、残念ながら戦火等により焼失、
あるいは明治6年(1873年)の廃城令で解体されてしまいました。

この鶴ヶ城も復興天守閣で、ないぶは資料館となっています。 



      20181029鶴ヶ城10



天守閣東側で鶴ヶ城のゆるキャラ(?)と記念写真。

      20181029鶴ヶ城11





せっかくだから、復刻天守閣に入場します。

      20181029鶴ヶ城12


天守閣内は資料館となっているため、写真撮影は禁止。

      20181029鶴ヶ城13


展示されている資料には目もくれず、天守閣の最上部を目指します。


天守閣から眺める会津若松市街。

      20181029鶴ヶ城14


      20181029鶴ヶ城15


      20181029鶴ヶ城16


      20181029鶴ヶ城17



天守閣直下。

びいすけ と もっちゃん が下で待っているはずだから
探してみましょう。

      20181029鶴ヶ城18



見~つけた!!

      20181029鶴ヶ城19


      20181029鶴ヶ城20


天守閣から眺める本丸御殿跡。

      20181029鶴ヶ城21



本丸御殿跡

      20181029鶴ヶ城22



その説明版。

      20181029鶴ヶ城23



こちらは、干飯櫓・南走長屋。

      20181029鶴ヶ城24



本丸御殿側からの天守閣。

      20181029鶴ヶ城25




おまけ。

こちらも鶴ヶ城の遺構の一つ。

      20181029鶴ヶ城26



マンホールカードを貰いに行った市役所第2庁舎の手前にあった郭門。

      20181029鶴ヶ城27



みごとな石垣が市街地に残っている。

      20181029鶴ヶ城28


      20181029鶴ヶ城29



こちらが、鶴ヶ城の登閣証。

      20181029鶴ヶ城30

個人的には御朱印と同じものだと扱うことにしています。
実は、これが欲しかったんだぁ。
天守閣前の観光案内所で求めることができます。
てっきり、天守閣内部の売店で求めるものだと思ってました。。

510円払って登らなくても良かったんだ.................

城の御朱印(正確には御朱印じゃ無いけれど)、城と御朱印好きには堪らない!!




鶴ヶ城、じっくりと見学したら、とても1時間程度の時間じゃ巡りきれない。
今回、急ぎ足で巡っちゃったから、いずれ時間をかけて
城下の遺構も含めて、じっくりと見学したいものです。





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2018/12/20 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit