FC2ブログ

07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

び・び・びのびいすけ

父さんの都内散歩・御朱印巡り..................上野東照宮 (2018年6月6日)(東京都台東区) 

6月6日

小雨の中の下町神社巡り。
そのオーラスは、上野東照宮。


上野東照宮は、台東区上野公園に鎮座する神社です。


正式名称は東照宮ですが、他の東照宮との区別のために
鎮座地名をつけて上野東照宮と呼ばれています。
また、別名「三処権現」とも呼ばれるそうです。

そもそも東照宮とは、徳川家康公(東照大権現)を神様としてお祀りする神社で、
日光や久能山の他、全国に数多く鎮座していて、
出世、勝利、健康長寿に特に御利益があるとされ信仰されています。

元和2年(1616年)、天海僧正と藤堂高虎は危篤の徳川家康公の枕元に呼ばれ、
三人一つ処に末永く魂鎮まるところを作って欲しいと遺言されました。
天海僧正は藤堂高虎らの屋敷地であった今の上野公園の土地を拝領し、
東叡山寛永寺を開山。境内には多くの伽藍や子院が建立されました。
寛永4年(1627年)、その一つとして創建した神社「東照社」が
上野東照宮の始まりだと言うことです。

御神祭は、徳川家康公 徳川吉宗公 徳川慶喜公。




上野東照宮の大石鳥居。

      20180606上野東照宮01



鳥居の先には、水舎門。

      20180606上野東照宮02

水舎門は、慶安4年(1651年)に阿部重次が奉納したものらしい。

      20180606上野東照宮03

元々は、社殿前にあった御水舎の上屋を
昭和39年に門として移築したものだそうです。



水舎門の扁額。

      20180606上野東照宮04



水舎門をくぐり、参道を進みます。


参道に建つ上野東照宮の由緒書き(略記)。

      20180606上野東照宮05


その隣には台東区教育委員会が設置した説明板。

      20180606上野東照宮06



参道には、多くの銅灯籠が立ち並びます。

      20180606上野東照宮07



参道の左側の手水舎。

      20180606上野東照宮08



右側にも手水舎があるけれど、水が張られていない。

      20180606上野東照宮22



参道の狛犬。

      20180606上野東照宮09


      20180606上野東照宮10



こちらが、上野東照宮の社殿。
実は、奥に見えるのが社殿であって
金色に輝くのは唐門。

      20180606上野東照宮11



雨が降っているけど、それなりに参拝者も多い。

      20180606上野東照宮12



こちらが唐門。

      20180606上野東照宮13



唐門の先には社殿があるのですが
実は社殿は有料エリア。
500円の参拝料を払わないと、社殿の全容はわかりません。

まあ、今回は唐門の先は諦めて
唐門を記録と記憶に残しましょう。

金と極彩色に彩られた緻密な彫刻で装飾された唐門。
日光の東照宮同様、上野東照宮も豪華絢爛と言う言葉がぴったり。

      20180606上野東照宮14


      20180606上野東照宮15


      20180606上野東照宮16



唐門越しにちょっぴり見える社殿。

      20180606上野東照宮17


      20180606上野東照宮18


      20180606上野東照宮19




こちらは、絵馬奉納所。

      20180606上野東照宮20




神楽殿

      20180606上野東照宮21


   

こちらが、授与所。

      20180606上野東照宮23

御朱印は、こちらで拝受する事が出来ます。



石灯籠。

      20180606上野東照宮24

上野東照宮には200基以上の石灯籠があり、
ほとんどが1651年(慶安4年)に諸大名より奉納されたものらしい。



なかでも、大石鳥居の脇にある大きな灯籠は
寛永8年(1631年)に佐久間勝之より奉納されたもの。

      20180606上野東照宮25

高さ6.8mもあり、名古屋の熱田神宮、京都南禅寺の大石灯籠と合わせて
日本三大石灯籠のひとつに数えられているそうです。



こちらは、五重の塔。

      20180606上野東照宮26

『旧・寛永寺五重塔』として国の重要文化財に指定されていますが、
元々は、寛永8年(1631年)に江戸幕府の老中で、後に大老となる土井利勝の寄進により、
上野東照宮の塔として建てられたものです。
その後、明治時代に施行された明治政府が発令した「神仏分離令」により、
寛永寺の管理下に置かれました。
そして、その寛永寺も存在はなくなってしまい、
現在、この五重の塔は『旧・寛永寺五重塔』として
東京都の管理下に置かれているそうです。




雨の中、人も居なくなって
唐門の艶やかさが一際目立ちます。

      20180606上野東照宮27



上野東照宮の幟もシッポリと濡れている。

      20180606上野東照宮28



こちらが、上野東照宮の御朱印。

      20180606上野東照宮29


何か、寺院の御朱印っぽく見えるけど
これはコレで味のある御朱印です。



関連記事
スポンサーサイト
2018/07/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit