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び・び・びのびいすけ

御朱印巡り...............耳守神社 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。


小川城址をあとにして、向かった先は...............耳守神社


耳守神社は、小美玉市栗又四ケに鎮座する神社です。

地元では「みみっちょ様」と呼ばれている神社で、
全国でも珍しい耳の病に霊験があると言われている神社です。
耳守の名は、平安時代の末期の、平繁盛の孫娘千代姫の耳の病気の伝説に由来するそうです。
「耳がよく通るように」と、竹筒の両端に紐を通した絵馬は、

御祭神は、千代姫命。

こちらが、耳守神社の社号標。

      20180522耳守神社01



鳥居。

      0180522耳守神社02



社殿。

      0180522耳守神社03



手水鉢。

      0180522耳守神社04



狛犬。

      0180522耳守神社05


      0180522耳守神社06



再び、社殿(拝殿)。

      0180522耳守神社07



拝殿正面。

      0180522耳守神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      0180522耳守神社09




拝殿正面には、何やら奉納されています。

      0180522耳守神社10



「耳がよく通るように」と、竹筒の両端に紐を通した絵馬。

      0180522耳守神社11


      0180522耳守神社12

実は、この耳守神社は日本で唯一の耳の病気に効く神社だと言うことです。
そのため、奉納されている竹筒には『耳の病気が治りますように』と言った
願い事が書かれています。


と言うのも耳守神社については、このような民話が伝わるからだそうです。

昔々、今の栗又四ケは平国香(平将門の叔父)の孫の飯塚兼忠によって治められていました。

兼忠には妻と可愛らしい娘がいました。
娘は千代姫と言い、両親からとても大切に育てられていました。
しかし、千代姫は兼忠から話しかけられても返事をしないときがあります。
千代姫は耳が聞こえなかったのです。

兼忠は千代姫が育つにつれ、娘の将来が心配になりました。
また、千代姫も自分が他の人と違うことに気付きはじめました。
そこで、兼忠夫婦は娘のためと覚悟を決めて、
熊野の神様に断食をしながら願掛けをしました。

それから数日すると千代姫が驚いた表情で夫婦のもとにやってきて、
なにかを伝えようとしました。
言葉にできませんでしたが、千代姫の耳はきこえるようになったのです。

千代姫の耳はだれよりも優れていました。
そんな千代姫のことを里の人々は親しみを込めて
「館の耳千代様」と呼んでいました。

千代姫が33歳を迎えると、ささいな病が次第に悪化して
不治の病となってしまいました。
死期を悟った千代姫は「自分が死んだらこの地に神社を建ててください。
わたしはそこで里の人々を耳の病から守りたいのです」
そう両親に伝えると、そのまま息を引き取りました。

その後、千代姫の遺言どおりに神社が建てられ.
『耳守神社』と名付けられました。


なるほど、そう言うことだったんですね。





こちらが、本殿。

      0180522耳守神社13



境内の石祠。

      0180522耳守神社15



神仏習合の名残りか?
青面金剛像。

      0180522耳守神社14




こちらが、耳守神社の御朱印。

      0180522耳守神社16

無人の耳守神社。
本務社の素鵞神社で拝受出来ます。



押し寄せる年波には勝てない。
最近、聴力の衰えを感じなくもない。
お詣りしたから、少しは耳に良くなるのかな?



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2018/07/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit