FC2ブログ

11 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 01

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

鴫山城祉   (2018年4月26日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月26日

1泊2日の南会津への旅行の初日。

旧・田島町に在る 鴫山城址に立ち寄ってみました。


鴫山城址は、南会津町田島地区に聳える愛宕山の山頂部の急斜面や
山麓部の緩斜面や尾根、谷間等に土塁や門、堀等が構築された
自然の地形を利用し築かれた山城です。

鴫山城の築城年代は不明ですが、
長禄3年(1459年)に山内越中と白川氏が
「南山しき山の城」を攻め落としたことが記録として残っていて、
この頃すでに存在していたことは確実であるようです。

鴫山城一帯は、長沼氏が支配しており、鴫山城を築城したものも長沼氏と推定され、
天正17年(1589年)の摺足原の戦いで蘆名氏が滅亡すると、
鴫山城主・長沼盛秀は伊達政宗に臣従し、伊達勢力ととも河原田盛次が守る久川城を攻撃しています。
長沼氏は天正18年(1590年)の豊臣秀吉の定めによって伊達氏に従い鴫山城を去ります。
長沼氏が去った鴫山城には蒲生氏郷の家臣である小倉作左衛門が6300石で城代となり入城します。

慶長3年(1598年)には上杉景勝の会津移封に伴い、
上杉家の執政である直江兼続の実弟・大国実頼が2万1000石で城代となりましたが
その後、寛永4年(1627年)に元和の一国一城令により廃城となりました。



こちらが、鴫山城の縄張り図。

      鴫山城址縄張り図

( 余湖さんのHP よりお借りしました )




こちらが、鴫山城址の入口。

      20180426鴫山城址01

この先が登城路となります。


鳥居の先が鴫山城址。

      20180426鴫山城址02

この鳥居は、愛宕山の山頂に鎮座する愛宕神社の鳥居。
残念ながら、山頂の愛宕神社の社殿は落雷により焼失してしまったらしい。



鳥居の側には、鴫山城址の説明板。

      20180426鴫山城址03



案内図も用意されています。

      20180426鴫山城址04

どうやら、ハイキングコースになっているようです。



鳥居の先には、石碑群。

      20180426鴫山城址05

それなりに風化して文字の判読は難しい。
かなりの年代物のようです。




鳥居の先の削平地は侍屋敷跡。

      20180426鴫山城址06



      20180426鴫山城址07


      20180426鴫山城址08

家臣団の屋敷が置かれる場所となっていたのでしょう。


侍屋敷跡から鳥居を振り返ってみます。

      20180426鴫山城址09



この辺りでは、まだ城址の雰囲気は高くない。

      20180426鴫山城址10



登城路をさらに進むと、目の前に現れる土塁。
そして、大きな説明板。

      20180426鴫山城址11



こちらにも、鴫山城の説明板。

      20180426鴫山城址12



土塁に近づいてみましょう。

      20180426鴫山城址13



土塁に上がってみましょう。

      20180426鴫山城址14



土塁の奥には見事な空堀。

      20180426鴫山城址15



びいすけ は、土塁の上で草の匂いをクンクンと匂い嗅ぎ。

      20180426鴫山城址16



空堀の上は下千畳。
高さもあり、容易には上がれない。

      20180426鴫山城址17



再び、登城路。
空堀の土橋も確認できる。

      20180426鴫山城址18



土橋辺りからの空堀。

      20180426鴫山城址19


      20180426鴫山城址20



土橋の先には、見事な石垣(石塁)。

      20180426鴫山城址21

かつての大門跡。
この石垣を見ただけでも、頑丈な門であったのが計り知れます。


対の石垣。

      20180426鴫山城址22



石垣の脇には石段があり、下千畳に上がることが出来る。

      20180426鴫山城址30



下千畳から場内を眺めます。


      20180426鴫山城址24

見事な石垣。


      20180426鴫山城址25


広い郭は御平庭。

      20180426鴫山城址23



びいすけ は、御平庭でも匂い嗅ぎ。

      20180426鴫山城址26


      20180426鴫山城址28



この御平庭は、城内の役所があった場所とされているようです。

      20180426鴫山城址27



御平庭の井戸跡。

      20180426鴫山城址29


      

御平庭の先には、城址の標柱。

      20180426鴫山城址31



その傍らには小さな祠。

      20180426鴫山城址32



近くには、こんな石仏も鎮座しています。

      20180426鴫山城址33



こちらが、上千畳。
鴫山城の本丸にあたります。

      20180426鴫山城址36


      20180426鴫山城址35



  
こちらが、土門跡。    

      20180426鴫山城址37


      20180426鴫山城址38



画面右側の高台が上千畳。
左が舌千畳。

      20180426鴫山城址39



久しぶりの山城巡り。
心なしか びいすけ も土と草の香りを思い切り嗅いで
テンションも上がっているみたい。

      20180426鴫山城址40



久しぶりに本格的な中世の城郭を見たと言う気がします。
関東ではよく見かける土塁と空堀。土の城の代表的な遺構と
関東の中世の城郭では、なかなかお目にかかれない石垣。
まさしく、ここは関東ではなく会津の地なんだと実感させる鴫山城址でした...............。







関連記事
スポンサーサイト



2018/06/04 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit