FC2ブログ

01 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.» 03

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

廃校を訪ねて...............昭和尋常小学校神納分校 (2018年3月4日)(千葉県袖ケ浦市) 

3月4日

この日は、袖ケ浦市に出かけました。

ちょっと足を伸ばした木更津市の八劍八幡神社をあとにして
向かった先は.........昭和尋常小学校神納分校


神納分校は、

明治6年     神納村の光曜寺を校舎として神納小学校が開校。
明治7年     校地を神蔵寺に移転。
明治11年    奈良輪校と合併する。
明治14年    良輪小学校と分離し、神納小学校を設置する。
明治21年    共進校(飯富)と合併する。
明治23年    共進校と分離し、神納尋常小学校を設置
明治28年    神納、楢葉、長浦の三村による組合立明誠高等小学校を設立する。
明治33年    神納、楢葉校を合併し組合立県尋常小学校を設立する。
明治35年    県尋常小学校を解散し、神納、楢葉校を設立
昭和3年     神納、楢葉校を廃止、昭和尋常高等小学校を設立
昭和7年    楢葉村と神納村が合併して昭和町が誕生。
昭和16年   昭和町立昭和国民学校神納分教場と改称する。
昭和19年   廃校になる。

と、日本の学校教育の黎明期である明治期から
戦争に揺れた激動の昭和19年まで
統合と分離を繰り返してきた小学校のようです。



こちらが、神納分校跡。

      20180304神納分校01

県道143号線沿いの神納公民館の在る場所になります。


敷地内には、思わず眉唾モノが残っている。

      20180304神納分校02



往時の門柱。

      20180304神納分校03



何とか大正十年と判別出来ます。

      20180304神納分校04



どぉ〜んと建てられた立派な碑。

      20180304神納分校05

この地における学校の沿革が刻まれています。



二宮像。

      20180304神納分校06

残念ながら、往時のものではない。
記念碑を建立した時に併せて建立されたモノ。


二宮像と並んで、はい、ポーズ!

      20180304神納分校07


昭和19年の廃校だから、校舎は当然解体されて在りません。

      20180304神納分校08


跡地には、神納公民館が建てられています。

      20180304神納分校09


      20180304神納分校10


廃校後の典型的な跡地の再利用。
地域の公民館として利用され、
また地域のランドマークであった学校跡地を
地域の人間が世代交代しても、いつまでも忘れないように記念碑を残す地域愛。

今では、遠い昔になりつつある昭和19年以前の学校跡地を
地域の一つたちはいつまでも忘れないことでしょう。



関連記事
スポンサーサイト



2018/04/17 Tue. 15:15 | trackback: -- | 本文: -- | edit