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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

青木堰跡 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

大國玉神社をあとにして、次なる場所へと移動していると
こんな案内板が目に留まりました。

      20180216青木堰跡01


そう言えば、以前この近くを通ったことがあった。
( その時の記事は こちら )


青木堰って、確か二宮尊徳(金治郎)が尽力した堰だったはず。
そんな記憶がふと頭をよぎり、素通りは出来ません。




青木村(現桜川市大和村青木)は江戸時代初期から幕府領で、
1708年(宝永5年)旗本川副氏の知行地となりました。
青木堰は古くから村の水田を潤してきた重要な施設でしたが、
河川が急流であるため増水のたびに流され、多大な改修費を要していました。

知行1500石余の小旗本であった川副氏は、やがて改修ができなくなり、
堰は壊れたまま放置されるようになりました。
その結果水不足が慢性化し、収穫量は激減しました。

1831 年(天保2年)、名主・館野勘右衛門以下37名は
村の救済を農政家である二宮尊徳に頼みました。
尊徳は、1833年(天保4年)、青木村復興事業の一つとして青木堰の建設に着手し、
元禄期に比べ工期も短く費用も半分以下に抑えるという他に例を見ない工法により
青木堰を完成させました。

現在は、旧堰の跡地に「二宮尊徳先生仕法青木堰の記」という立て札と碑が存在します。
現在の青木堰は、1998年に旧跡の上流に建設されたものです。





案内板に導かれ、足を進めると今度は説明板。   

      20180216青木堰跡02





こちらが、現在の青木堰。

      20180216青木堰跡03

まあ、ちょっとしたダムのような感じです。

      20180216青木堰跡05



青木堰の上流。

      20180216青木堰跡04


      
青木堰の下流。

      20180216青木堰跡06


      20180216青木堰跡07



現在の青木堰から少し下った所が二宮尊徳が改修した青木堰の跡。

そこには石碑等が建ち並んでいます。

      20180216青木堰跡08


      20180216青木堰跡09

碑文によれば...............

二宮尊徳は、青木堰周辺の桜の木は、大和国(奈良県)吉野の桜の木で
日本一の桜の木だと讃え、青木村仕法の証しとしたそうです。


      20180216青木堰跡11




報徳不忘

      20180216青木堰跡10

読んで字の如く、報徳を忘れない。
即ち、 受けた徳を忘れない。

二宮尊徳から受けた徳を忘れない。

この地域の先人たちの紛れもない気持ちでしょう。





こちらの碑には、『二宮先生 築堰之蹟』と記されています。
  
     20180216青木堰跡12



そのすぐ脇には、立て札で青木堰の跡を示しています。

     20180216青木堰跡13



確かに、青木堰の跡には碑がいっぱい。

      20180216青木堰跡14



そのすぐ近くの川の流れ。

      20180216青木堰跡15

今は、旧・青木堰跡の脇を蛇行するように川の水は流れ
現在の青木堰で水量を調整されているから、流れは大人しいモノです。

      20180216青木堰跡19




二宮尊徳の偉大な功績の跡地。
記念碑よりも、土の匂い? 草の匂い?
それとも、この辺りを散歩しているワンちゃんの匂いか?

      20180216青木堰跡16


匂い嗅ぎに夢中な びいすけ 。

      20180216青木堰跡17


      20180216青木堰跡18


廃校巡りの時に父さんは、あれだけ夢中になる二宮像。
その二宮尊徳の偉大な功績の跡地も、びいすけ にとっては
単なる散歩の延長の場所なんだろうね。



    




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2018/04/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit