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び・び・びのびいすけ

びいすけとお父さんと時々もっちゃん

茨城百景  《 龍ケ崎観音 》   (2016年10月7日)(茨城県龍ヶ崎市) 

10月7日 公休日

茨城県には、昭和25年に制定された『茨城百景』なるモノがあります。

茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


と言う事で、この日は茨城百景巡りに出掛けました。


『 茨城百景 大利根の展望 』をあとにして、向かった先は...............茨城百景 龍ヶ崎観音


龍ヶ崎観音は、安産や子育ての観音様として古くから多くの人に親しまれています。
本尊は安産聖観世音菩薩です。

平安の昔、京の都及びその周辺諸国では難産に苦しむ人が多くいました。
天皇は弘法大師空海(774年~835年)に勅して、この難を除かんと欲しました。
大師はこの危難を救う為に、自ら彫刻の志を起こし、観世音菩薩の尊像を成就しました。
日光山を開山した勝道上人(735年~817年)の高弟蓮雪法印は、
これを憂い、大師に乞うて観世音菩薩の尊像を東国に移し、
この地に安置して建立されたのが、龍泉寺(龍ヶ崎観音)の始まりであります。


時は移り、天正年間(1573年~1592年)になると、
龍ヶ崎城主土岐胤倫公の息女、虎姫(お福の方)は、
江戸崎城主である兄、治綱公の嫡男頼英公のもとへ嫁ぎ懐妊します。
しかし、十月十日の臨産に至りますが、出産の気配は無く身体は苦しみ、
医薬を尽くしても効果はありませんでした。
これを聞いた江戸崎不動院住持の慈眼大師天海(後に上野寛永寺を開山)は、
龍泉寺より尊像を請来し、17日間城内にて安産の秘法を修して、
やがて虎姫は玉の様な御男子をご出産されたそうです。
土岐氏はこれを喜び、御堂を造立し、お福の方にちなんで、
東福山水天院の号を比叡山延暦寺より賜ったと伝えられます。



こちらが、龍泉寺の山門。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音01


山門の扁額。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音02

山号である、『東福山』が確認出来ます。



境内と言うか駐車場。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音03


時期的なのか?
七五三の幟が多い。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音04



茨城百景の碑は、境内に片隅に建てられています。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音05



こちらが、『 茨城百景 龍ヶ崎観音 』の碑。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音06



こちらが本堂。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音07

ちょうど、安産祈願を行っているようで、何人かの人が本堂から出入りしていました。

邪魔になるといけないので、早々に本堂前から撤収します。


本堂脇の小さなお地蔵さん。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音08



見る人が見れば分かるお地蔵さん。
不幸にして、生まれてくる事が出来なかった魂を弔うお地蔵さん。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音09

正面のお堂の中で熱心にお参りしていた女性の姿を見て
思わず、場違いな場所に来てしまった...............。
場違いな場所に犬を連れて来てしまった...............。

そんな後悔と言うか、懺悔感に支配され
その場から離れる事しか頭に浮かばなかった。

早々にこの場を撤収することにしました。


『 茨城百景 龍ヶ崎観音 』...............個人的にはとても百景ではありませんでした…



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2016/11/03 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit