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び・び・びのびいすけ

廃校を訪ねて.............馴馬小学校   (2016年7月7日)(茨城県龍ヶ崎市) 

7月7日  公休日

この日は、茨城県の龍ヶ崎市に出かけました。


龍ヶ崎市にはWIkipediaにも記載されず、
ネットで調べてもほとんどヒットしない廃校があり
そちらの廃校を訪ねてみました。

訪れたのは...............龍ヶ崎市立馴馬小学校


ネットで唯一知り得た龍ヶ崎市教育委員会のPDFファイルによると


元々、龍ヶ崎市の平台地区の児童は松葉小学校に就学していました。
平成3年度の松葉小学校の児童数は、約800名(普通学級数22)となっていました。
さらに、小柴地区のステラ周辺に、新たに600世帯の分譲が計画されていたため
保護者からは、「早く学校を作ってほしい。」旨の声が高まっていました。
こうした状況を踏まえ、龍ヶ崎市は北竜台地区を開発した住宅・都市整備公団が
学校用地として予定していた場所に、松葉小学校の分離校として
(仮称)平台小学校を建設する計画を進めることにしていました。

一方、(仮称)平台小学校の建設予定地に近接した馴馬小学校では、
平成3年度の児童数が、約120名(すべての学年が単学級)となっており、
数年後には一部の学年が複式学級になると予想されていたことから、
(仮称)平台小学校に馴馬小学校を統合する検討を行うことになりました。
平台地区の保護者からは、統合に反対する声が上がり、
馴馬地区の保護者からは、新設する学校名に伝統ある馴馬の2文字を残して欲しい等々、
双方の保護者から様々な意見や要望が寄せられました。
苦肉の策(?)として平成5年松葉小学校の分離校として馴馬小学校を統合。
その上で、平台小学校の建設予定地に馴馬台小学校として新たな小学校が新設されました。

まるで、昔の江川のドラフトの時みたい(笑)。


まぁ、簡単に言えば(表向きには)
平成5年に松葉小学校に統合されて廃校となりました。
(馴馬台小学校は同じ時期に松葉小学校から分離したけど...............)
色々複雑な大人の事情があったんでしょうね。

ちなみに、松葉小学校のHPの沿革を見ても
馴馬小学校の統合については一言も記載がありませんでした。
(馴馬台小学校の分離についても同様です)


こちらが、馴馬小学校の正門。

      20160707馴馬小学校01


石造りの立派な、そして年季の入った門柱です。

      20160707馴馬小学校02

大きく『明治四十二年一月』と刻まれています。



対の門柱。
もう1本には寄贈者の名が刻まれています。

      20160707馴馬小学校03

『横田 博』さんから明治42年1月に寄贈されたモノのようです。


廃校時の校舎は健存。

      20160707馴馬小学校04



現在は、龍ヶ崎教育センターと称して不登校児童等の教育施設として
活用されているようです。

      20160707馴馬小学校05



職員の方にお断り(許可をいただき)、敷地内を見学させてもらいます。


まだまだ、建物は十分活用できます。(活用されています。)

      20160707馴馬小学校06


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      20160707馴馬小学校08



施設の一部は、市民活動センターとしても利用されているようです。

      20160707馴馬小学校09


      20160707馴馬小学校10



廃校記念碑や二ノ宮像、遊具類といった廃校遺構は見当たりません。

敷地周辺には古い桜の木が立ち並び、
学校跡を彷彿させてくれます。

      20160707馴馬小学校11



校庭も駐車場と化しているから、殺風景。

      20160707馴馬小学校12



校舎脇に建つ古い小屋?
おそらく倉庫として使われていたのでしょう。

      20160707馴馬小学校13



      20160707馴馬小学校14

この日は、今年最高の暑かった日。
朝8時頃に訪れましたが、すでに陽射しは強く
向日葵の花も見事に咲いていました。



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2016/07/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit