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び・び・びのびいすけ

利根七福神② 毘沙門天  《 徳満寺 》  (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

先日、利根町の廃校を回っている時に、たまたま利根七福神の存在を知りました。
その日は、利根七福神の恵比寿だけをお詣りしましたが
せっかく知りえた利根七福神。
自宅からもズバ抜けて遠い訳でもないから
中途半端な状態も嫌なので、残りの六福神も制覇しちゃいましょう!
と言うことで、この日は利根七福神詣りと相成りました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています。


先ずは、利根七福神② 徳満寺毘沙門天 です。


利根川沿いのちょっとした台地の上に
利根七福神の毘沙門天が祀られている徳満寺があります。

      20160411利根七福神②01



こちらが徳満寺の寺号標。

      20160411利根七福神②02

徳満寺には以前訪れた事があります。
実は、徳満寺の在る台地一帯が、かつての布川城。

布川城址に訪問の際、この徳満寺に立ち寄りました。


以前は、この城址碑も目的の一つでしたが
今回はちょっと違う。

      20160411利根七福神②03



とは言いながらも、布川城址の説明板は
しっかりとチェックしちゃいます。

      20160411利根七福神②04



こちらが、徳満寺の山門。

      20160411利根七福神②05



山門に掲げられた扁額。

      20160411利根七福神②06





今回のお目当は、利根七福神の毘沙門天像。


毘沙門天の説明板。

      20160411利根七福神②07


毘沙門天は、インド出身の神様。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。



こちらが、利根七福神の毘沙門天。

      20160411利根七福神②08


      20160411利根七福神②09



なぜか、毘沙門天の近くに一回り小さい他の七福神が並んでいます。

      20160411利根七福神②10


      20160411利根七福神②11



ひょっとしたら、この徳満寺で『利根七福神』はクリアーしてしまうのか?

      20160411利根七福神②12

でも、それじゃ意味がない。
やっぱり、7ヶ所の社寺仏閣を回ってこそ意味がある。




以前、布川城址 として紹介した徳満寺ですが
(その時の記事は こちら )
今回は、布川城址については触れません。
単純に徳満寺を紹介していきましょう。


徳満寺は真言宗の寺院で、元亀年間(1570〜)に祐誠上人が中興したとされています。
当初は、今の門前に建てられていましたが、この地を治めていた豊島氏が滅ぶと、
城跡(現在の場所)に寺を移しました。
境内にある地蔵堂には地蔵菩薩が安置され「子育て地蔵」と呼ばれ、親しまれています。
少年期の柳田國男に大きな衝撃を与えたといわれている「間引き絵馬」は本堂廊下に掲げられています。 




徳満寺の境内。

      20160411利根七福神②13



弘法大師に所縁があるのか?
境内には弘法大師に関連する石碑も多く
弘法大師の像まであります。


弘法大師修行像。

      20160411利根七福神②14

平成27年4月に建立された、比較的新しい像。
ちょうど1年経ったようです。



鐘楼堂。

      20160411利根七福神②15

近隣では除夜の鐘として、この鐘の音を聞き慣れているそうです。



客殿

      20160411利根七福神②16

てっきり、本殿と言うモノだと思っていたら、
客殿と言うらしい。



奥にあるのが地蔵堂。

      20160411利根七福神②17

この徳満寺の本尊は延命地蔵尊(地蔵菩薩・子育て地蔵とも呼ばれています)。
その本尊が安置されているところが地蔵堂です。




地蔵堂の脇には石碑が多い。


こちらは、『茨城百景』の碑。

      20160411利根七福神②18



『 茨城百景 大利根の展望 』

      20160411利根七福神②19



石碑の脇には、但し書きの説明文。

      20160411利根七福神②20

この茨城百景の碑は、元々からこの場所に建てられたモノではなく
山門前に建てられていたそうです。
山門改修時に碑は移築され、以来そのままになっているそうです。

すなわち、『 茨城百景 大利根の展望 』は徳満寺の山門から見る景色だったんですね。



こちらが、山門前。

      20160411利根七福神②21

木々が視界を遮っている上に、茨城百景選定時(昭和25年5月)に比べ、
随分と様変わりしたことだと思います。
当時はきっと橋脚などもなく、雄大な利根川が眼前に広がっていたのでしょう。




著名な俳人、小林一茶についても触れています。

      20160411利根七福神②22

日本全国各地を行脚していた一茶ですが、
布川地区での宿泊は、その他の地域より抜きん出て多く、
その数は289回が数えられています。
布川出身の俳人で、一茶の親友でもある古田月船亭の存在もあります。
また、一茶の俳句の師は3人居たようですが、その師の一人が小林竹阿であり、
もう一人は利根町にも足跡を残した溝口素丸であり、布川出身の森田安袋であったとされています。
森田安袋は、元を正せば布川出身の武士だったそうです。


どうやら、小林一茶は利根町と縁あるようです。

その影響でしょうか?
徳満寺の境内、地蔵堂の脇には一茶の句碑が建てられています。

      20160411利根七福神②23



何やら、この徳満寺。
利根七福神だけじゃなく、布川城址だったり、
茨城百景だったり、利根町の文化財が遺されていたりと、
単なる寺院だけじゃないようです。

いずれ、時間を掛けて、じっくる見てみようかな...............?


今日の所は、次なる利根七福神に向かうことにいたしましょう。



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2016/04/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit