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び・び・びのびいすけ

頼政塚と名馬塚     (2015年12月2日)(千葉県印西市) 

12月2日  公休日

個人的な連休2日目。

北総のドックランに行くつもりで家を出たものの、
利用証を忘れた事に気付き、予定を変更して松崎台公園に向かったものの、
詳しい場所がわからず、周辺を車で徘徊する羽目に...............


その時、こんな看板を見かけました。

      20151202頼政塚と馬見塚01


『 頼朝塚 ? 』
80mなら近いじゃん。帰りに寄ろう!

      20151202頼政塚と馬見塚02


松崎台公園からの帰り道、立ち寄る事にしました。

実はこの時、大きな勘違いをしていまして
『 頼政塚 』と書いてあるのを『 頼朝塚 』と読み違えていました。
ちょうど一年前、源頼朝の伊豆の足跡を追いかけていました。
頼朝の千葉での足跡もいずれ追いかけようと思っていました。

思いがけず、こんな所に頼朝の所縁の地があると、内心喜んでいました。




この先が、『 頼政塚 』のようです。

      20151202頼政塚と馬見塚03



この奥にあるようです。

      20151202頼政塚と馬見塚04



こちらが、説明看板。

      20151202頼政塚と馬見塚05

じっくり読んでいて、この時に初めて 頼政と頼朝を間違えていた事に気付きました。



ここで、源頼政について触れてみましょう。

源 頼政は、平安時代末期の武将・公卿・歌人です。
摂津源氏の源仲政の長男です。
保元の乱と平治の乱で勝者の側に属し、
戦後は平氏政権下で源氏の長老として中央政界に留まりました。
平清盛から信頼され、晩年には武士としては破格の従三位に昇り公卿に列しました。
しかし、平氏の専横に不満が高まる中で、後白河天皇の皇子である以仁王と結んで
平氏打倒の挙兵を計画し、諸国の源氏に平氏打倒の令旨を伝えました。
ところが、計画が露見して準備不足のまま挙兵を余儀なくされ、
そのまま平氏の追討を受けて宇治平等院の戦いに敗れ自害してしまいます。


治承4年(1180年)4月、
平家打倒に挑んだ源頼政は挙兵に失敗し、
5月25日宇治平等院の境内で自害したといわれています。
この頼政の首を埋めた場所と伝えられているのが頼政塚です。


頼政は、死に際して家臣に「吾が首を持ち東国へ向かっていけ、
吾が止まらんと欲する処に行かば、首が重くなって動かなくなろう。
そこに塚を築いて首を葬れ」と遺言したとされており、
家臣たちは馬に乗って東国へ向かい急に首が重くなり、
歩けなくなったところと伝えられています。
家臣は住僧となり主の菩提を弔ったと言われています。
この塚には糸が供えられていますが、農作業で手首が痛くなった時に、
この糸を巻きつけると不思議に治ると言われています。




こちらが、頼政塚。

      20151202頼政塚と馬見塚06


      20151202頼政塚と馬見塚07



説明看板の脇のイチョウが鮮やかに色付いています。

      20151202頼政塚と馬見塚08

もうちょっと早く訪れていれば、黄色の葉に覆われたイチョウの木が
さらに鮮やかだったのでしょう。





一概に『頼政塚』と言っても、どれが『頼政塚』なのか分かりづらい。


この祠がそうなのでしょうね。

      20151202頼政塚と馬見塚09



お供え物もあるし。
花もある。

      20151202頼政塚と馬見塚11



と言うことは、こちらは単なる石碑(?)

      20151202頼政塚と馬見塚10


      20151202頼政塚と馬見塚12




『 頼政塚 』の周辺には土塁も残っている。

      20151202頼政塚と馬見塚13

ひょっとしたら、塚(頼政の首)を護る城館のようなモノがあったのか?
確かに周辺には城址らしき雰囲気はある。

      20151202頼政塚と馬見塚14


      20151202頼政塚と馬見塚15


      20151202頼政塚と馬見塚16


      20151202頼政塚と馬見塚17





『 頼政塚 』をあとにして、県道方面に車を走らせると
新たな説明看板が目に留まります。


よく見ると...............

      20151202頼政塚と馬見塚18

『 名馬塚 』。

頼政の首を運んでいて、この地に導いた馬の塚です。





源頼政の首を運んで来た馬を葬ったといわれています。

      20151202頼政塚と馬見塚19



以前は、堂があって馬の首が納められいたと言うことですが
今は堂もなく、ゴルフ練習場の脇にひっそりと建ち、
傍には馬頭観音が並んでいます。

      20151202頼政塚と馬見塚20


      20151202頼政塚と馬見塚21



思わず、頼朝由縁の地と勘違いして立ち寄った『 頼政塚 』ですが
また一つ、印西市の隠れた歴史を垣間見た気がします。



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2015/12/22 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit