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び・び・びのびいすけ

びいすけとお父さんと時々もっちゃん

景行天皇行在所跡  (2015年11月1日)(茨城県稲敷市) 

11月1日 公休日

この日は、茨城県の稲敷市に出かけました。


浮島城址をあとにして、自宅へ帰るべく県道を走っていると
こんな案内板が目にとまりました。

      20151101景行天皇行在所跡01

『景行天皇行在所跡』...............?
なんだそれ?

気になると、確かめないとスッキリしない性格故に
すぐさまUターン。
景行天皇行在所跡に立ち寄ることにしました。


こちらが、景行天皇行在所跡の入口。
階段を上った先になるようです。

      20151101景行天皇行在所跡02


稲敷市教育委員会が建てた説明板。

      20151101景行天皇行在所跡03

以前は手書きの説明板だったようですが、
新しく作り直したみたいですね。



その説明板によれば...............

景行天皇が自分の子である日本武尊に東夷征討を命じました。
日本武尊はその命を果たし、帰路途中の伊勢の能褒野にて病死してしまいます。
これを知った景行天皇は、日本武尊を追慕するあまり征途の跡を巡幸されました。
その途中でこの地(浮島)に張宮を営まれ、三十余日滞在されたそうです。
この丘を張宮の跡として伝え、地名もお伊勢の台と敬称し今に至っているそうです。



日本武尊の時代って、今から1000年以上も前の話。
はっきり言って、神話の世界ですよね?

そんな昔の話、本当かよ? と思う気持ちを抑え、
石段の先へと向かいます。

      20151101景行天皇行在所跡04


石段を上った先は、削平地。

      20151101景行天皇行在所跡05

あれ? 確か午前中にも、こんなような場所に来たぞ...............?
そうです、酒々井町の築山に雰囲気が似ています。



土塁のような土壇があったりして、城址っぽく見える。

      20151101景行天皇行在所跡06


      20151101景行天皇行在所跡07




削平地の中央部に一段高くなった土壇があり、
そこに石碑が建っています。

      20151101景行天皇行在所跡08


      20151101景行天皇行在所跡09



石碑よりも、この削平地が気になります。
明らかに人の手が入ったと思われる土壇。

      20151101景行天皇行在所跡10

土壇って言うか、完全に土塁でしょ?
違うのかなぁ?



さらに奥にも削平地は広がっています。

      20151101景行天皇行在所跡11



こちらは、虎口に見えなくもない。

      20151101景行天皇行在所跡12


      20151101景行天皇行在所跡13


      20151101景行天皇行在所跡14



まあ、古えの昔に景行天皇が約1ヶ月滞在した場所だから
削平されたとは思うけれど...............
その時代って、この周辺は霞ヶ浦の水の中だったんじゃないのかな?
浮島同様に島だったのだろうか...............?


疑問は色々と残るが、石段の脇に立派な木がそびえている。

      20151101景行天皇行在所跡15



まさか、樹齢1000年以上なんてことはないと思うけれど、
ひょっとしたら、この木が真実を知っているかもしれないなぁ...............。







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2015/11/26 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit