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び・び・びのびいすけ

浮島城址  (2015年11月1日)(茨城県稲敷市) 

11月1日  公休日

この日は、茨城県の稲敷市に出かけました。

和田公園(浮島園地)をあとにして、向かった先は...............浮島城址


浮島城の築城は、承平年間(930年頃)、将門に組した興世王によるものだとされています。
その後、物部信太連の裔、浮島太郎安広が修築して居城とし、後裔相次ぎましたが、
天正年間(1590年頃)、末裔である漢島弾正が佐竹に滅ぼされ廃城になったと伝えられています。

浮島城は現在の浮島集落全体を包み込む壮大な城郭であり、
この地域はかつてはこの名前が示すとおり、霞ヶ浦に浮かぶ島であったとされています。
広大な城郭ではありましたが、城の中心部(主郭)は姫宮神社の辺りとされています。


こちらが、浮島城の縄張り図

       浮島城址縄張り図

        (余胡くんのお城のお城のページ  よりお借りしました)



こちらが姫宮神社。

       20151101浮島城址01

鳥居のある場所は台地下部。
石段を上った先に本殿があり、浮島城址の主郭にあたるようです。


石造りの鳥居には『姫宮神社』『龍崎神社』の社額が掲げられています。

      20151101浮島城址02



姫宮神社の由来が記された手書きの説明板。

      20151101浮島城址03

説明板によれば、佐竹氏との戦に敗れ湖底に身を沈めた
漢島弾正の娘である小百合姫の霊を祀ったのが姫宮神社てあるらしい。
こう言う説明板って味があるなぁ。


では、石段を上って姫宮神社、浮島城址の主郭を覗いてみましょう。

      20151101浮島城址04


      20151101浮島城址05


石段を上った先は、姫宮神社の境内。
当然、削平地。

こちらが、姫宮神社の拝殿。

       20151101浮島城址06


       20151101浮島城址07


拝殿の裏。
確かに、堀跡らしきモノがあるが
確実に堀跡だとは言い切れない。

      20151101浮島城址08



こちらも、堀跡っぽく見えてしまう、

      20151101浮島城址09


姫宮神社には、浮島城址として確固たる遺構は確認できませんでした。


姫宮神社から一度台地を下り、さらに台地奥へと進んでみます。


二郭跡だろうか?
こちらも削平地。

      20151101浮島城址10

畑に転用されて近年まで耕作されていたみたいです。


さらに台地を上れば、広い削平地。

こちらが主郭だったんじゃないかと思えるほど広い。

      20151101浮島城址11


広大な耕作地と化し、目の前をトラクターが通過し
完全な農作地。

      20151101浮島城址14


      20151101浮島城址15

周辺に遺構らしきモノも確認できませんでした。





さらに奥へ足を伸ばせば、べつな郭(?)。

      20151101浮島城址12


こちらは、果樹園として利用されています。

      20151101浮島城址13




これ以上先へと進んでも、何も無さそうなので撤収。
台地を下ることにしました。


やはり、姫宮神社の鳥居辺りから台地を眺めると
城らしい雰囲気がある。


      20151101浮島城址16


しかしながら、城郭遺構はなく、
物足りなさを感じてしまったのは私だけだろうか................?







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2015/11/25 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit