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び・び・びのびいすけ

高谷城址 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


東名高速を沼津ICで降り、R1〜R135と国道をひた走り
土肥の町(現在は伊豆市土肥町)にやって来ました。
向かった先は...............高谷城址


高谷城は
築城時期は不明ですが、南北朝時代に伊豆の豪族であった富永備前守という武士が、
土肥に築いた水軍の城が高谷城といわれています。
富永備前守の子孫も代々土肥に住み、やがて勢力を伸ばしていきます。
しかし、延徳3年(1491)小田原北条家の始祖である、伊勢新九郎盛時(北条早雲)が伊豆に侵攻すると
富永三郎左衛門尉政直は、いち早く呼応して挙兵し以後北条家臣となって活躍します。
北条水軍の幹部として各地の合戦に出陣し、江戸城の城代や栗橋城の城代に任ぜられています。
政直の子・政辰も、関東各地の合戦で活躍しましたが、
安房の里見氏との戦いである永禄7年(1564)の下総・国府台の合戦で戦死してしまいます。

政辰の子・政家は山城守と称し、北条家五家老に列せられ、
西伊豆の井田、戸田、小土肥、土肥、八木沢、小下田、宇久須の七ヶ村のほか、
相模、武蔵、上総などに領地を持つ北条家の重臣でした。
そのため政家は、小田原や江戸に在住することが多かったそうです。
城下には居館があり(富永氏館)、また水軍の船溜りが附設されていたとされています。
支城である丸山城を築き、北条水軍の要として土肥地区に勢力を覇した富永氏でしたが
天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めの際に小田原北条家と運命を共にして没落してしまいます。
当主の富永政家は、慶長12年(1607)死亡。その子・直則は徳川氏に従い
関ヶ原の戦いにも従軍して、後に徳川家旗本として家名を残したとされています。




こちらが高谷城の縄張り図

      高谷城縄張り図

      ( 余胡さんの お城のページ よりお借りしました )



高谷城址は土肥地区の北部、土肥小学校裏山附近から東に海に向かった台地一帯とされ
南麓にある諏訪神社の脇から登城するようになっているようです。

こちらご諏訪神社。

      20150930高谷城址01


      20150930高谷城址02



こちらが神社脇の登城路。

      20150930高谷城址03


いざ、参らん!
高谷城の攻略開始です。

      20150930高谷城址04


とにかく、山城だからひたすら登るだけ。 余胡さんの縄張り図だけが頼りです。

      20150930高谷城址05


      20150930高谷城址06



如何にも!って感じの登城路。
明らかに人の手による道で、とても自然のモノではない。

      20150930高谷城址07



この先が主郭虎口になるのか?

      20150930高谷城址08



主郭虎口と思われる箇所。

      20150930高谷城址09


この先は藪。
ちょっぴり躊躇して...............
でもやっぱり、この先は諦めます。

      20150930高谷城址10



こちらが主郭。

      20150930高谷城址11

やっぱり藪。
当然、潔く先への進軍は諦めます。



尾根伝いに西に移動すると、主郭と二郭を隔てる大堀切。

      20150930高谷城址12



とにかく、先に道はないので大堀切に降りてみます。

      20150930高谷城址13


この時点でどうやら道に迷ったようで...............
(って言うか、そもそも主郭から二郭、三郭へと移動する道がない)

二郭へと直上、頑張って登って行きます。

こちらが二郭。

      20150930高谷城址14



尾根伝いに歩くように二郭奥へと進軍すれば、やがて竹藪。

      20150930高谷城址15


竹藪は多少管理されていたようで、わずかに間引きの伐採の跡があり、
人が通った形跡もある。
何とか竹藪を抜け(台地を下り)、ハイキングコースに降りることが出来ました。

ハイキングコースから振り返る、今降って来た竹藪。

      20150930高谷城址16


二郭と三郭を隔てるようにハイキングコースがあり
ハイキングコースは戸田方面へと続いているようです。


ハイキングコースから眺める三郭。

      20150930高谷城址17

雑草が生い茂っている中、段郭が確認出来ます。


主郭から二郭と徘徊のごとく道に迷い山を下るのに
ちょっぴり苦労して汗ダクダク。頭は蜘蛛の巣だらけ。
さすがに三郭へとチャレンジする元気はありませんでした。

1日は始まったばかり。
この後の予定も詰まっている。
ここは体力温存とばかりに一気に台地を下りて行きます。


高谷城址遠景。

      20150930高谷城址18



台地東端に鎮座する弁天神社。

      20150930高谷城址19


この神社の裏手にあるのが出城と言われているようです。

      20150930高谷城址20

余胡さんの縄張り図では三郭に記載せれています
先ほど断念した段郭に当たるようです。


とにかく城域は広い。
道に迷いながら額に汗を浮かべ
頭には蜘蛛の巣をくっつけて..............
チョッピ悪戦苦闘した攻城でした。





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2015/10/10 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit