09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

び・び・びのびいすけ

荻野山中陣屋跡 (2015年5月9日)(神奈川県厚木市) 

5月9日 公休日

この日は神奈川県の厚木市に出かけました。

荻野小学校下分校跡地をあとにして、向かった先は..............................荻野山中陣屋跡


荻野山中陣屋は、小田原藩主大久保氏の分家が構えた陣屋であります。
大久保忠朝の次男、教寛が相模愛甲郡などを加増され1万6千石を領有することとなります。
当初は駿河松長(現在の沼津市)に陣屋を置いていましたか、
教翅が藩主となった天明3年(1783)に荻野山中に陣屋を構えることとなりました。
一説に藩の財政も厳しく、参勤交代に掛かる費用にもひっ迫し、少しでも江戸に近い場所と言うことで
現在の厚木市に当たる荻野山中に陣屋を置いたとされています。
陣屋では大久保家3代による83年間の統治が行われました。


また、荻野山中陣屋は幕末に起きた「荻野山中陣屋焼討事件」の舞台となった陣屋です。
倒幕を目指す薩摩藩は、戦端を開くきっかけとして、関東で騒乱を起こす計画を立てて
荻野山中藩の藩庁だった山中陣屋を焼討しています。
この事件をきっかけに鳥羽伏見の戦が始まり、やがて江戸幕府は滅亡することになります。
現在は「山中陣屋跡史跡公園」として整備されています。
なお、遺構として厚木市王子の曹洞宗福伝寺に陣屋裏門と伝わる山門が残っているとされていますが、
焼き討ち事件で陣屋は焼失したとされているため、山門が果たして本物か否か?
あくまでも伝承の域を出ないと言ったところでしょうか...............



R412を厚木市街地から愛川町方面に車を走らせると
山中城址の交差点(信号機に標記)が目に留まります。

その交差点のすぐ脇に山中陣屋跡史跡公園があります。
その公園が荻野山中陣屋跡になります。

      20150509荻野山中陣屋跡18

小さいながらも数台の乗用車が停められる駐車場も完備されています。

駐車場に車を停めて、散策開始です。

こちらが、公園入口。

      20150509荻野山中陣屋跡17




公園に入って、すぐ目に留まる案内板。

      20150509荻野山中陣屋跡01



荻野山中陣屋の縄張り図もありますが、かなり薄くなっていて
正直、分かりにくい。

      20150509荻野山中陣屋跡02


      20150509荻野山中陣屋跡03



この辺りの旧荻野村域には、文化財が点在しているようで
ハイキングコースにもなっているようです。

      20150509荻野山中陣屋跡04



この辺りが陣屋の中心部。

縄張り図では『御殿』と記されている辺り。

      20150509荻野山中陣屋跡05



公園脇に民家が数件あり、民家の並びに鎮座する稲荷社。

稲荷社の脇には、厚木市教育委員会の建てた『荻野山中陣屋跡』の標柱。

      20150509荻野山中陣屋跡06


      20150509荻野山中陣屋跡07


この稲荷社は陣屋の鬼門にあたります。
裏を返せば、陣屋の鬼門の方角に稲荷社を配したと言う事になります。

      20150509荻野山中陣屋跡08


稲荷社の前(周辺)の土盛りは土塁のように見えなくもない。

      20150509荻野山中陣屋跡09


      20150509荻野山中陣屋跡10



稲荷社の前から眺める『御殿』。

      20150509荻野山中陣屋跡11



陣屋公園の説明板の裏には、地元の方が建立した『山中城址』の碑。

      20150509荻野山中陣屋跡12


山中城址と言えば、箱根(三島市)の山中城址と勘違いしてしまいそう(笑)。

      20150509荻野山中陣屋跡15



こちらの銅板には荻野山中藩について記されています。

      20150509荻野山中陣屋跡13



さらに城址碑の近くには、こんな祠もあります。

      20150509荻野山中陣屋跡14

この祠も陣屋に関連するものなのか?



      
陣屋跡は地下の遺跡を破壊せぬように、
発掘調査後に盛り土をして高台の公園として整備したらしい。

確かに、城址碑のある辺りから『御殿』辺りを眺めると
傾斜の付いた高台となっています。

      20150509荻野山中陣屋跡16


シロツメグサ(クローバー)の生える『御殿跡』。

      20150509荻野山中陣屋跡23




こちらは、『御殿』脇の『矢場』。

この矢場で矢の腕を磨き、武芸に精進していたのでしょう。

      20150509荻野山中陣屋跡19




縄張り図にあった『大手』方面へと向かいます。

民家と民家の間の狭い道を歩いて行くと、
土塁らしきモノが確認できちゃったりします。

      20150509荻野山中陣屋跡20


      20150509荻野山中陣屋跡21



こちらが、大手。

すなわち、この辺りに大手門があったと言うことです。

      20150509荻野山中陣屋跡22


大手からぐるっと東麓を廻れば良かったのですが
そのまま駐車場に戻ってしまいました。

東麓には往時から湧き出る清水があると言う。
もうちょっと情報を事前に整理してから訪れれば良かった。
ほんのちょっぴり後悔しています。



関連記事
スポンサーサイト
2015/05/29 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit