FC2ブログ

01 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.» 03

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

秋元城址    (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は君津市へ出かけました。

鹿野山九十九谷公園をあとにして、向かった先は...............秋元城址



秋元城は、
鹿野山から東側へ下る清和市場字根古屋(ねごや)から市宿字古城(こじょう)にかけて位置し、
東西550メートル、南北400メートルに渡る戦国時代の山城で、
小糸城あるいは青鬼(せいき)城とも呼ばれていました。
 
房総で勢力争いをしていた里見義豊が、
永正年間に臣下の秋元兵部少輔義正に命じて城を築かせたものといわれています。
しかし、義正の子、義久の時代の永禄7年(1564年)に北条軍によって攻められ、
義久の死とともに落城したと伝えられています。

この城は、近世の城から連想される「天守閣のあるお城」とは異なりますが、
城跡を歩いてみると、自然地形を削って平らにした曲輪や、
曲輪の縁辺に設けられた土手状の土塁、尾根筋を遮断した堀切などの跡がうかがえ、
戦国時代の山城の姿を想像させてくれます。
 
平成13年6月から7月にかけて城跡の一部の学術発掘調査が行われ、
主郭部を中心に防備のための平場をつくるために、
大規模な造成が行われていた痕跡が確認されました。



こちらが、秋元城の縄張り図

      秋元城縄張り図

( 余胡くんのHP よりお借りしました)



県道沿いに建つ秋元城址の説明看板。

      20150504秋元城址01


      20150504秋元城址02


看板には縄張り図も載っていました。

      20150504秋元城址03



説明看板の近くに建つ標柱。

      20150504秋元城址04



説明看板の裏手、上総地区では見かけることが多いヤグラ?
はたまた、戦時中の防空壕なのか?

      20150504秋元城址05



こちらが、秋元城の登城口。

      20150504秋元城址06

いざ、秋元城攻城と参りましょう!



登城路を上っていくと、二又路。
右に行けば、千畳と言う広い郭、さらには主郭。
左は根古屋。


      20150504秋元城址07


根古屋は畑と化していて、猪に荒らされないように高圧電線が張り巡らせています。

びいすけ が触ったら危険なので根古屋地区の探索は諦めます。

      20150504秋元城址08



主郭目指して、登城路を上ります。

      20150504秋元城址09

登城路には幾つかの虎口があります。

いきなり目の前に現れた大堀切。
それが虎口となっています。

      20150504秋元城址10

秋元城、なかなかのモノ。
これは期待できそうです。


大堀切の虎口を反対側から見るとこんな感じ。

      20150504秋元城址11

まさに、岩盤をくり抜いて作られた虎口。
いゃあ、素晴らしい。


この先は稲荷社のある郭。
登城路から右に上って行く感じで郭が設けられています。

      20150504秋元城址12


さほど広くはない郭。

      20150504秋元城址13

おそらく、見張り台のような役割をしていたのでしょう。



郭奥に鎮座する稲荷社と金比羅社。

      20150504秋元城址14


この郭の虎口も見応えあり。

      20150504秋元城址15



再び、登城路に戻り、千畳を目指します。

      20150504秋元城址16


傾斜もちょっぴりきついけど、それよりも湧水で泥濘んでいるから
ロープがあると助かります。

      20150504秋元城址17


人間はロープに助けられましたが、四足歩行の びいすけ は、自力で上ります。
さすが四駆。

千畳の虎口に到着です。

      20150504秋元城址18



千畳から虎口を振り返ります。

      20150504秋元城址19



千畳の虎口近くに建てられた、君津市の『二十一世紀への継承遺産』の標柱。

      20150504秋元城址20

ここ、秋元城址も継承遺産とされているようです。
これで幾つ目の継承遺産になるのだろうか?
こうなりゃ、31ヶ所完全制覇を目指そうかな(笑)。



この先が千畳(敷)。

      20150504秋元城址21


中央部には、標柱も建てられています。

      20150504秋元城址22



確かに広い郭です。

      20150504秋元城址23



千畳の奥にみえる土壇。

土塁かと思っていたら、三段に削平された郭です。

      20150504秋元城址24


三段の郭はこの先。

      20150504秋元城址30



一段目の郭。

      20150504秋元城址25



二段目の郭から見下ろす一段目の郭。

      20150504秋元城址26


こちらが二段目の郭。

      20150504秋元城址27



そして、三段目の郭。

      20150504秋元城址28



郭の中央部に建てられた標柱。

『御殿 西向三段』

      20150504秋元城址29

すなわち、ここが主郭であり、御殿が建てられていたことになります。





千畳の奥、そして三段の郭下の先には土橋があります。
      
      20150504秋元城址31




土橋の先は、鹿野山の尾根と化していきます。
秋元城の山城たる部分が一気に見えてきます。


いきなりの二又路。
右に進路を取り進軍します。

      20150504秋元城址32


右方向は、やがて八幡社のある郭。

      20150504秋元城址33


土塁もしっかりと残っています。

      20150504秋元城址34


二又路の左。
すぐに視線に飛び込む井戸跡。

      20150504秋元城址35

今は枯れているけれど、この井戸が秋元城の貴重な水源だったのでしょう。



さらに、奥へと進軍します。

やがて、秋元城最奥の大堀切。

      20150504秋元城址36

滑りやすいので設置されたのでしょうか?
ロープを伝って下って行きます。


こちらが、その大堀切。

      20150504秋元城址39



大堀切を下って、さらに奥へと進軍すると
やがて、垂直な壁。
足が架けられるように削ってはあるものの、ロープに頼らなければ、垂直な壁は登れません。

      20150504秋元城址37


びいすけ も爪を立てて頑張って登ります。

      20150504秋元城址38

何とかして登りきったものの、その先は断念。

本当は垂直な壁を下りきった底に、岩をくり抜いた畝堀があるらしいとのことですが
はっきり言って、その場所に辿りつくのは無理。諦めました。




再び、西向三段下に戻り、下山します。

西向三段の城塁。

      20150504秋元城址40




こちらが、秋元城主の末裔の方が建てられた、城址碑。

      20150504秋元城址41


      20150504秋元城址42


城址碑には、小糸城と記されています。

      20150504秋元城址43


秋元城と言うよりは、小糸城と言った方が正解なのだろうか?



しかし、この秋元城。
なかなかヘビーと言うか、かなり見応えのある山城でした。
何年かしたら、また訪れたい城址です。
そのときは断念した畝堀にチャレンジしてみよう..............................





関連記事
スポンサーサイト



2015/05/21 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit