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び・び・びのびいすけ

九十九谷公園    (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は、君津市へ出かけました。

鹿野山小学校(跡)をあとにして、向かった先は...............九十九谷公園


  
九十九谷公園は..............................、
高宕山など上総丘陵が幾重にも連なる山並みの風景を
眼下に一望することができます。
これら山谷の織り成す景観を総称して九十九谷と呼ばれており、
夜明け前から日の出直後と日の入り前の情景は墨絵の世界にも例えられているそうです。

紅葉の時期に見られる緑と紅のコントラストや
冬季の雨上がりの早朝、霧の中に浮かび上がる幽玄な景観など、
四季折々の表情を楽しむことが出来るそうです。
この景観は君津市の次世代に伝えたい20世紀遺産及び、千葉県の眺望百景にも登録されています。



マザー牧場方面から鹿野山へと抜ける県道をさらに走り
神護寺からしばらく走れば、やがて眺望の拓けた場所が現れます。
そこが、九十九谷公園となります。

県道を走っていれば、こんな看板が目に入ります。

      0150504九十九谷公園16

こちらの看板では『九十九谷展望公園』。




公園入口には...............

      0150504九十九谷公園30

『九十九谷公園』と記されています。

一体、どちらが正しいのか...............?


そんなことを気にするよりも、
とりあえず車を九十九谷展望公園駐車場に入れます。


とにかくこの公園に来たら
まずは、その眺望を楽しみましょう。

駐車場からの眺望。

      20150504九十九谷公園01


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県道を挟んだ対面にある公園が九十九谷公園なのか?

      0150504九十九谷公園03



観光地、景勝地でよく見かける石碑。

『房総の魅力 500選』の碑。

      0150504九十九谷公園04


とにかく、鹿野山の尾根伝いに展開する展望地だから
眺望はすこぶる良い。

びいすけ も思わず身を乗り出します。

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陽射しはあるものの、所々に雲があり
快晴と言う訳ではないけれど、眺望は良い。

      0150504九十九谷公園06


前方の黒ずんだ雲がなければ、もっと遠くまで眺めることが出来るだろう。

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せっかくの景色だから、 びいすけ と眺望のマッチング。

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ここにも、君津市の『二十一世紀への継承遺産』の標柱がありました。

      0150504九十九谷公園11

う〜む、これは31ヶ所追いかけろ!と神の指示なのか?(笑)



こちらが、九十九谷の説明看板。

      0150504九十九谷公園12


昭和を代表する著名な画家、東山魁夷が昭和22年の第3回日展で特選を受賞した作品『残照』は
この鹿野山の九十九谷辺りからの風景を画にしたものらしい。

      0150504九十九谷公園13

ひょっとしたら、ここからの眺めは夕暮れ時が良いのだろうか?



それにしても、東山魁夷がこの眺望を画にした時代は
鹿野山の麓から鹿野山道を歩いて来ないと手に入らなかった訳なのだが、
今や、県道を車で上って来れば、簡単に手に入る。
便利な時代になったものです。

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      0150504九十九谷公園15


     
公園そのものは大きくなく、ゆっくり歩いても5分程度で一周してしまいます。
何しろ、ゴルフ場に隣接したわずかながらの削平地を公園にした感じです。

公園奥にある芝生広場。

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ロングリードで気持ちよく徘徊する びいすけ 。

      0150504九十九谷公園26



この奥はゴルフ場。

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公園から県道を挟んだ向かいにある白鳥神社。

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こちらが白鳥神社の説明看板。

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伝承によるとその昔、日本武尊の東征にあたり妃の弟橘媛が浦賀水道に入水して嵐を鎮めました。
日本武尊は房総半島に渡り民を苦しめる阿久留王を征伐しました。

東征帰途日本武尊は亡くなり、白鳥となって当地まで飛んできました。
そのため民が白鳥神社を創建したということです。
まあ、あくまでも神々の逸話、神話って言うヤツですかねぇ...............。

白鳥神社は鹿野山を構成する三山のひとつ、白鳥峰の山頂付近に建っているそうです。




こちらが拝殿。

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拝殿奥には、さらに山懐の奥へと続く道。
しかし、隣はゴルフ場なので、この先へは遠慮しました。

      0150504九十九谷公園20



拝殿前に建つ説明看板。

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鳥居前の説明看板より古い物。
しかし、こちらの方が詳しく書かれている気がします。

由緒を要約すると............

白鳥神社の由来は諸説あるが、
この地を支配していた豪族阿久留王を征伐した日本武尊に纏わる話が多い。
日本武尊は伊勢の熊煩野で亡くなりその地に葬られたが、
墳墓の中から一羽の白鳥が出てきて東に向かって飛び立ち、
鹿野山山頂に来て止まったので、ここに祠が設けられ、その後白鳥神社となったそうだ。
聖徳太子が神野寺を建立したとき白鳥神社を崇敬し、東国の鎮守と称した。
また僧円仁はこの神社を改造したとも言われている。
昔から武将の崇敬も厚く、永正十年(1513)に真里谷城主武田信勝が寄進したが、
更に久留里城主里見義堯や佐貫城主らによって寄進されている。
元々は白鳥峰山頂に社殿はあったが、大正六年に上陸した台風によって崩壊した。
この為、以後現在の中腹の現在地に社殿は建て直されたという。



そしてこちらが、日本武尊の弟・橘媛を祀った橘比売神社

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扁額の代わりに大きな櫛が掲げられています。

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境内から鳥居を見下ろしてみます。

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何となく、パワースポットらしさを感じる雰囲気。

由緒ある神社だから、尊厳さも感じでしまいます。




再び、九十九谷公園に戻って、今一度景色を眺め
その眺望をしっかりと瞼に焼き付けます。

びいすけ、お前もしっかりと見ておくんだよ。
      
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瞼にしっかりとその眺望を焼き付け、この地をあとにするのでありました..............................。






    


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2015/05/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit