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び・び・びのびいすけ

伊能忠敬記念公園  (2015年4月2日)(千葉県山武郡九十九里町) 

4月2日 公休日

この日は、九十九里に出かけていました。

片貝海岸をあとにして、向かった先は..............................
伊能忠敬記念公園


片貝漁港から県道を東金方面にひたすらまっすぐ進むと
進行方向左側に『伊能忠敬生誕の地』なる看板が現れます。

この『伊能忠敬生誕の地』が、伊能忠敬記念公園となります。



公園入口に建つ説明看板。

      20150402伊能忠敬記念公園01


伊能忠敬と言えば、江戸時代に17年の歳月をかけて全国を測量して回り、
『大日本沿海輿地全図』を完成させ、
日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした人物として有名です。

千葉県香取市の佐原(旧・佐原市)に伊能忠敬旧宅があり、
その旧宅の近くには伊能忠敬記念館があり、
また、佐原公園には伊能忠敬の像もあり、佐原出身かと思われがちですが、
生まれたのは、この九十九里町となっています。

伊能忠敬は、延享2年(1745年)1月11日に
上総国山辺郡小関村(現・千葉県山武郡九十九里町小関)の名主・小関五郎左衛門家で生まれました。
幼名は三治郎。父親の神保貞恒は武射郡小堤村(現在の横芝光町)にあった酒造家の次男で、
小関家には婿として嫁いでいました。
三治郎のほかに男1人女1人の子がいて、三治郎は末子だったそうです。

17歳の時に三治郎を伊能家の跡取りにと薦め、
三治郎は形式的にいったん平山家の養子になり、
平山家から伊能家へ婿入りさせる形になりました。
その際、忠敬という名をもらい、伊能忠敬となったそうです。



説明看板の奥にある石柱(石碑)。

『伊能忠敬先生出生地』 と刻まれています。

      0150402伊能忠敬記念公園02


      0150402伊能忠敬記念公園03



公園そのものは大きく(広く)ありません。
ちょっとした住宅街にある児童公園みたいな感じです。

      0150402伊能忠敬記念公園04



こちらが、公園の碑。

      0150402伊能忠敬記念公園05



裏面には、『子午線一度の偉業』が記されています。

      0150402伊能忠敬記念公園12

独自の天測方法で子午線一度の距離(約110.7km)を割り出し
地球の外周がおよそ4万km程度であることを世界で始めて推測し
現在明らかにされている正確な距離とな誤差も0.1%だと言うから驚きです。




公園の片隅に建つ伊能忠敬の像。

      0150402伊能忠敬記念公園06



実は、この像を見たかったから、ここにおとずれたようなもの。

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びいすけ と伊能忠敬のコラボ写真。パチリ☆

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像の脇に建つ浮世絵調の碑。

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江戸時代の測量風景です。

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びいすけ と公園内にいると..............................
    
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子供たちが遊びに来ました。

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近所の小学生です。
平日のお昼だけど、この時期は春休み。

やっぱりこの場所は近隣の子供たちの遊び場になっているようです。

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遊びに来た子供たちに悪いから、他所者は邪魔にならないようにしましょう。

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公園内に1本だけあった枝垂れ桜。

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そして、公園入口にある染井吉野。

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まさに、満開。

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桜の木の大きさから言って後生に植えられたものだと思うけれど、
伊能忠敬先生もこの桜には満足していただけているのだろうか...............?





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2015/04/17 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit