07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

び・び・びのびいすけ

廃校を訪ねて............小貫小学校      (2015年2月11日)(茨城県行方市) 

2月11日 公休日

この日は、茨城県稲行方市の廃校巡りに出かけました。

現原小学校をあとにして、向かった先は
旧・北浦町域にある 小貫小学校跡


小貫小学校は

明治9年     小貫三之丞氏により小貫塾が創設される。
明治11年    小貫小学校が創立する。
明治19年    両宿尋常小学校に合併される
明治22年    両宿尋常小学校小貫分教場となる。
明治22年    町村制施行により、小貫村・次木村・両宿村・内宿村・長野江村・
        成田村・三和村が合併し、行方郡武田村が発足。
明治23年    武田第三尋常小学校となる。
明治27年    第一尋常小学校となる。
明治28年    武田第二尋常小学校となる。
明治29年    武田第一尋常小学校となる。
昭和22年    武田村立武田第二小学校と改称する。
昭和30年    武田村が津澄村・要村とともに合併し、北浦村が発足
        北浦村立小貫小学校と改称する。
平成9年     北浦村が町制施行し、北浦町となる。
        北浦町立小貫小学校と改称する。
平成17年    北浦町が麻生町、玉造町と合併し行方市が誕生。
        行方市立小貫小学校と改称する。
平成24年    武田小学校へ統合され廃校となる。

と、このような沿革となっています。

ちなみに、小貫小学校のHPは、まだ残っていて
平成23年の東日本大震災により,北浦中学校内に移転したそうです。



こちらが、小貫小学校の正門。

      20150211小貫小学校06


門柱の表札は既に取り外されています。

      20150211小貫小学校07

門柱に立て掛けられた看板がなければ
ここが小貫小学校だったとは分かりません。



と言うのも、ひとたび校門内に入れば、その意味がわかります。


既に校舎は、ほとんどが解体されてありません。
(一部の建物は残っています)

明らかに重機が入って整地された校庭。

      20150211小貫小学校04


かつての校舎に続く校内の通路。

      20150211小貫小学校05


これは地震の傷跡?
それとも単なる工事の残り?

      20150211小貫小学校14


校舎と言うか、建物で残っているのはコレだけ。

      20150211小貫小学校03


      20150211小貫小学校02


     
何か新しい施設でも建てるのでしょうか?
はたまた、学校跡地を整備して民間に売却するのでしょうか?

二ノ宮像どころか、遊具類すら残っていなくて
傍目には学校跡地には見えません。

それだけ(解体せざるを得ないほど)東日本大震災の爪痕はすごかったのでしょうか....?

     




旧道からの学校入口の手前には、不動堂があります。

      20150211小貫小学校13


      20150211小貫小学校12



境内の裏手、学校跡地に面した削平地に
石碑が並んで建っています。
     
      20150211小貫小学校11



こちらは、小貫小学校創立100周年記念碑。

      20150211小貫小学校08

『村人の こころ育てた この聖地』

う〜ん、なかなか良い響きのある言葉です。
五・七・五の口調だから、さらに響きが良い。


そして、小貫小学校の校歌の碑。

      20150211小貫小学校09



こちらが、廃校の記念碑。

      20150211小貫小学校10

今回、多くの行方市の廃校を回ったけれど
こんな風に行方市立の小学校の廃校の記念碑は初めて見ることが出来た。


行方市って、そう言うことには無頓着なのか?
はたまた教育委員会が興味がないのか?

かつての小貫村の村民は、
『俺が村の小学校が無くなっちまったぁ』と悲しみ、
そして、子供たちの豊かな心を育てた聖地に感謝の意を込めて
立派な石碑を建てたのでしょう。


偉大な小貫の集落の方々に拍手を送りたい............................。

    


     
関連記事
スポンサーサイト
2015/03/10 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit