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び・び・びのびいすけ

鎌苅館跡   (2015年1月16日)(千葉県印西市) 

1月16日 公休日

高田山城址をあとにして、向かった先は...........鎌苅館跡




鎌苅館の詳細は不明です。
1984年に刊行された「印旛村誌」には「鎌苅館址」(かまがりやかたあと)の名称で記載され、
地元では通称を「ホンノウジ」と呼び、「堀之内」の転訛である旨を推定されています。
また、15世紀中頃にこの地域に勢力を有した地方豪族の館址ではなかろうかとも
記載されていると言うことです。



こちらが、鎌苅館の縄張り図

      鎌苅館縄張り図 

                 ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )





この先が鎌苅館跡。

しばらく行けば、左手側に土塁が見えてきます。

      20150116鎌苅館跡01



道沿いに土塁と空堀が見えたら、ちょっぴり行き過ぎ。

      20150116鎌苅館跡02


      20150116鎌苅館跡03




しばらく戻れば、竹藪へと続く小径があり、土橋が現れます

      20150116鎌苅館跡04


      20150116鎌苅館跡05



びいすけ の左側が空堀ですが
かなり埋まっています。

びいすけ の立っている場所は、かつての土塁の跡を削平したものだろうか?
まっすぐ進めば、やがて耕作地。
そして民家へと続きます。

      20150116鎌苅館跡06



なんと、空堀に軽トラックの放置。
って言うか、完全に投棄(?)。

      20150116鎌苅館跡07



耕作地手前の空堀。

      20150116鎌苅館跡08



そして、土塁。

      20150116鎌苅館跡09

耕作地→土塁→空堀→郭 と言う並び。
単純に考えれば、順番がおかしい?

耕作地→空堀→土塁→郭 と言うのが城郭のセオリーなはずなのに........。


      20150116鎌苅館跡10



主郭内部。

主郭は60m四方の郭。
適度に伐採はされているものの、竹藪状態に近い。


そして、主郭内部に空堀がある。

      20150116鎌苅館跡11



この空堀が主郭を分断しています。

      20150116鎌苅館跡12




これが、また謎?
何故、空堀で主郭を分断する必要があるのか?

      20150116鎌苅館跡13


      20150116鎌苅館跡14





こちらは、主郭外周を巡る空堀。

      20150116鎌苅館跡15


かなり埋まってしまってはいるが、きちんとした遺構として残っています。

      20150116鎌苅館跡16


      20150116鎌苅館跡17


      20150116鎌苅館跡18


冬場の夕暮れ。
陽が傾くのも早い。
元々、森の中の竹に覆われている鎌苅館跡。
ただでさえ薄暗いのに、日暮れが近づくとさらに暗くなる。

多少の心残りは有るものの、この鎌苅館跡をあとにすることにした..............。






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2015/02/12 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit