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び・び・びのびいすけ

月星紋を探して..........円通寺  (2015年1月8日)(千葉県成田市)    

1月8日 公休日

昨年の12月に成田市(旧・下総町)の助崎城址を訪れました。
(その時の記事は  こちら  )

助崎城は秀吉の小田原攻めの際、北条方の城と言う事で
徳川家康率いる別働隊により攻められ廃城となりましたが、
その助崎城の城門が成田市(旧・下総町)の寺院に移築されていると言う事で
訪れたのは............円通寺


1590年、秀吉の小田原攻めの際、時の助崎城主、大須賀朝胤は小田原城の籠城に加担し、
城主不在の中、助崎城の「姫」が奮戦が伝承として残されています。

この姫、城主不在の助崎城を守って薙刀を振るって奮戦します。
やがて、敵わぬと悟ると馬に飛び乗り、城下の小川を「お跳ね」になって渡り、
目の前の祥鳳院に駆け込みましたが、後難を恐れた祥鳳院は姫を匿うことを拒否します。
そして姫は、大室にある、こちらの円通寺に逃げ込み、匿われたということです。

その後、助崎大須賀氏は成田市大室附近に土着して帰農したと言われています。



こちらが、円通寺の入口。
明らかに土塁跡とわかる土盛り。

      20150108円通寺01



その先は、円通寺の総門。

      20150108円通寺02



こちらが、円通寺の総門。

      20150108円通寺03



かつての助崎城の東門と伝わっています。

      20150108円通寺06




屋根には千葉氏の家紋である『月星紋』。

      20150108円通寺04



そうです。
この家紋が見たかったのです。

      20150108円通寺05


      
総門の前に建つ古びた寺号標

      20150108円通寺07



こちらはもう一つの山門。
先ほどの総門(伝・助崎城の東方表門)から10mほど離れた位置に建っています。

      20150108円通寺08

実はこの山門は、近年建て替えられたものです。

以前は、助崎城の大手門が建っていたそうですが
倒壊してしまって建て替えられたそうです。

数百年の年月を刻んだ大手門を見たかったぁ.........


新しい門の屋根にも家紋は入れられています。

      20150108円通寺09




こちらは、境内の中から見た先ほどの総門。

      20150108円通寺10



時間が早いので総門は閉まっているけど
総門をくぐれば、こんな形で正面に本堂。

      20150108円通寺11


      20150108円通寺12



本堂の屋根にも月星紋

      20150108円通寺13

月星紋ではあるが、正確には『真向き月星』と言うらしい。



この『真向き月星』は、下総大須賀氏の家紋であり、
まさしく、この円通寺が大須賀氏所縁の寺と言う事になります。


鬼瓦にもしっかりと『真向き月星』紋

      20150108円通寺14


      20150108円通寺17



こちらは、鐘楼。

      20150108円通寺15



円通寺は、大イチョウでも有名だったらしいが
近年、そのイチョウも枯れてしまったらしい。

こちらは、その名残りか?

本堂裏手の土塁のような土壇。

      20150108円通寺16

    

帰りしな、もう一度総門と山門を眺めて見ました。

      20150108円通寺18



色々な方のサイトやブログで助崎城址の記事を拝見すると
必ず、この円通寺に移築された城門について触れています。

倒壊してしまったモノは仕方ないけれど
出来れば、倒壊前に一度、この目で見ておきたかった。



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2015/01/30 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit