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び・び・びのびいすけ

韮山城址 (2014年11月25日)(静岡県伊豆の国市) 

11月25日 公休日

11月25日、26日と個人的な連休を取って伊豆に旅行に出かけました。

山木兼隆館跡をあとにして、向かった先は............韮山城址



韮山城(にらやまじょう)は、
伊豆国田方郡韮山(静岡県伊豆の国市韮山)にあった室町時代後期から
戦国時代にかけての日本の城。平山城。
15世紀末に北条早雲の関東経略の拠点として整備され、
後北条氏の関東支配後も伊豆支配の拠点としてその持ち城であったが、
天正18年(1590年)には豊臣秀吉による小田原征伐において激しい攻防戦を経験している。
龍城の異称を持つ。

築城年ははっきりしないが「北条五代記」によると文明年間(1469年~1486年)に
堀越公方足利政知の家臣、外山豊前守が城を造ったのが始まりとされている。
初めはあまり大規模なものではなく、
延徳5年(1491年)に堀越公方足利茶々丸を攻め滅ぼした伊勢盛時(北条早雲)によって
後北条氏の領有となり、同年から早雲によって後北条氏の本拠地として本格的に造営された。
早雲はここを拠点に伊豆の各拠点の支配を進め、後に相模に領土を広げた後も
小田原城に移ることなく、没するまでここを居城とした。

その後も小田原城を中心に関東を支配する後北条氏の重要拠点の一つとなり、
永禄末年には時の当主・北条氏康の四男・氏規が城主として入り、
伊豆支配の中心地とした。

しかし後北条氏は天正18年(1590年)の小田原征伐では、
ほぼ天下を統一していた豊臣秀吉の大幅な攻勢を受ける。
韮山城にも豊臣秀次の軍勢が迫ったために氏規は籠城して戦い、
北条方は総勢約3千6百、豊臣方は総勢約4万4千と伝えられる大きな戦力差のなかで
約百日間も持ちこたえたが、ついに開城した。

その後、関東に入った徳川家康の家臣内藤信成が居城としていたが
慶長6年(1601年)に転封され廃城となった。

( Wikipedia より引用 )



こちらが韮山城の縄張り図

      韮山城址縄張り図


         ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )




実は、小田原北条氏ファンの私と致しましては
その北条氏の始祖である北条早雲が一族繁栄の足掛かりとして
伊豆の拠点を支配する礎となった城と言うこともあって
兼ねてから訪れたい城址でありました。


韮山郷土資料館から歩いて進軍開始。
いざ!韮山城攻城の始まりです。

案内板がしっかり道案内をしてくれます。

      20141125韮山城址01



城池親水公園の先にある台地が目指す韮山城址です。

      20141125韮山城址02



折しも、天気は小雨。
晴れていればなぁ..................

      20141125韮山城址03



韮山城址に到着。

説明看板をしっかりと読み..................

      20141125韮山城址04



縄張り図を大まかに頭に叩きこみます。

      20141125韮山城址05



それでは、韮山城の攻略と参りましょう!

      20141125韮山城址06



こちらが登城口。
(権現曲輪北の堀切)

      20141125韮山城址07



三郭の虎口。

      20141125韮山城址08



見事に横矢が掛かり、枡形になっています。

      20141125韮山城址09



そして、目の前に現れる三郭の土塁。

      20141125韮山城址10


      20141125韮山城址12



三郭は韮山高校のテニスコートとなっています。

      20141125韮山城址11




三郭から権現曲輪に至る虎口。

      20141125韮山城址13



虎口の土塁もそれなりの高さがあり、見事!

      20141125韮山城址14



権現曲輪に鎮座する熊野神社。

      20141125韮山城址15



熊野神社の境内が権現曲輪。
正確には権現曲輪が熊野神社の境内になっています。

      20141125韮山城址16



石段の先の高台に本殿が鎮座しています。

      20141125韮山城址17



熊野神社の本殿。

      20141125韮山城址18



今は木々が茂っていますが、明らかに削平地と判る権現曲輪。

      20141125韮山城址19



こちらが、熊野神社の由緒が記された説明板。

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      20141125韮山城址46



権現曲輪と二郭を隔てる堀切。

      20141125韮山城址20



意外に大きい。

      20141125韮山城址21



そして、高さもあります。

      20141125韮山城址22



権現曲輪から二郭へと至る登城路。

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      20141125韮山城址24



こちらが二郭。

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      20141125韮山城址26



二郭と主郭の間にある空堀に掛かる土橋。

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      20141125韮山城址28



この角度からの方が土橋らしく見えるかな?

      20141125韮山城址42



土橋から眺める韮山高校。

      20141125韮山城址29

この韮山高校が建っている辺りが、かつての奥座敷。
伝承によると、北条草雲の居館があったところであると言われていますが、
実際には地域支配のための役所などが置かれていたのではないかとも言われています。



そして、こちらが主郭。

余分な下草もしっかり刈られ、
無駄な木々も伐採され、きれいに管理されています。

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      20141125韮山城址32





主郭から眺める韮山城址の紅葉。

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山城はやっぱり紅葉の時期に訪れるのが良い!



主郭に建つ案内板。

      20141125韮山城址34

この韮山城を守るための砦類と
この韮山城を攻め落とすために作られた陣城類。
それらが周辺に点在しているようです。

      20141125韮山城址35



主郭から更に尾根伝いに遺構は広がっています。

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      20141125韮山城址37



こちらが倉跡の虎口。

      20141125韮山城址38

一説には弾薬倉庫とも、またある説には塩倉庫とも言われています。



土塁もしっかり張り巡らせれています。

      20141125韮山城址39



虎口を反対側から見ると、こんな感じ。

      20141125韮山城址40



尾根の先端。
この辺りは櫓台だったのだろうか?

      20141125韮山城址41



小雨は止まず、顔にポツリ、ポツリと冷たいモノが当るけれど
傘なんかさしていたら韮山城址の良さが解らなくなってしまう。

紅葉の時期の色付いた木々が微かに雨に濡れ
何とも言えない艶っぽさを醸し出しているようです。

やっぱり山城攻城は秋に限ります。
紅葉の時期の韮山城址。
絵になります。

来年の晩秋に、また訪れることにしよう........................




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2014/12/14 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit