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び・び・びのびいすけ

廃校を訪ねて...................川上小学校上砂分校跡                       (2014年8月12日)(千葉県八街市) 

8月12日 公休日

千葉県八街市に昭和40年代に廃校になった分校跡があると知り
訪れてみました。

訪れたのは.............八街町立 川上小学校上砂分校跡


八街市は平成4年に当時の八街町が市制を施行して八街市になりました。
昭和40年代といえば、まだ八街町の頃の話です。


川上小学校上砂分校は

昭和6年    川上村の川上小学校の上砂分校として開校。
昭和22年    教育令により川上村立川上小学校上砂分校と改称。
昭和29年   川上村が八街町と合併して八街町立川上小学校上砂分校と改称。
昭和41年   本校に統合されて廃校となる。


と、このような沿革となっています。


廃校から既に48年。
現在は上砂農村広場となっています。


こちらが分校跡。


      20140812上砂分校跡01



この門は、農村広場になってから設置されたモノのようです。


      20140812上砂分校跡02


門の脇の桜の木。
まさしく学校跡って言う雰囲気が漂います。


      20140812上砂分校跡03



広場にある遊具。
41年前のものなのか......?

微妙...........(違うような気がする?)


      20140812上砂分校跡04


      20140812上砂分校跡05



分校跡に建つ建物


      20140812上砂分校跡06



上砂やすらぎの家 と言う地域の公民館となっています。


      20140812上砂分校跡07

なるほど、廃校のよくある再利用パターンですね。
建物そのものは、廃校後に建て替えられたのでしょう。



こちらが正門。

でも、この門は当時のものではなさそうです。


      20140812上砂分校跡09


と言うのも、廃校は昭和41年。

この門は昭和52年に米田武徳という方から寄贈され、建てられたもののようです。


      20140812上砂分校跡28





こちらの門が道路に面していて、児童たちが毎朝その門をくぐっていったのでしょう。

表札は、紙砂農村公園と張り替えられています。


      20140812上砂分校跡10



正門越しに見るやすらぎの家。
形は違えど、きっと41年前もこんな感じで校舎が眺められたのでしょう


      20140812上砂分校跡11




正門脇にも桜の木。

やっぱり学校の門には桜の木が似合う。

      20140812上砂分校跡12



分校跡の敷地の隅には消防倉庫。
これもよくあるパターン。


      20140812上砂分校跡19



消防倉庫の前から分校跡を眺めてみます。

やっぱり、学校の雰囲気は今なお残っています。


      20140812上砂分校跡14


      20140812上砂分校跡15


      20140812上砂分校跡16



分校跡には数本の桜の木。
その桜の木も前で一枚記念写真、パチリ☆


      20140812上砂分校跡17



校舎っぽい雰囲気を残す、やすらぎの家の間でも一枚、パチリ☆。


      20140812上砂分校跡18


やっぱり、廃校には びいすけ が似合う。
な~んて、親バカ満載。

さ~て、今度はどこの廃校を訪ねてみようか......................?





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2014/09/09 Tue. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit