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び・び・びのびいすけ

谷戸城址 (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

前日から山梨県北杜市に来ています。
この日も山梨県北杜市城址巡りをしていました。

北杜市城址巡り第4弾。

           谷戸城址



谷戸城(やとじょう)は、山梨県北杜市大泉町谷戸にあった城郭。
形式は山城。国の史跡に指定されている。

平安時代には常陸国那珂郡武田郷から源義清・清光親子が
甲斐国市川荘(現在の市川三郷町)へ流罪される。
逸見荘へ拠った逸見清光(冠者)の子孫は甲斐国各地で
勢力を拡大し、甲斐源氏の祖となった。
谷戸城は清光の居城と伝わり、江戸時代に成立した『甲斐国志』によれば
清光は1199年(正治元年)に城内で死去したという。
『吾妻鏡』の治承4年9月15日(1180年10月5日)条に拠れば、
武田信義ら甲斐源氏一党は源頼朝の挙兵に際して「逸見山」に集結し
頼朝からの使者を迎えたとあり、
北杜市域に複数候補のある逸見山所在地のひとつと考えられている。

戦国時代には武田晴信 (信玄)期の信濃侵攻に際して
侵攻ルートの中継地点になっていたとも考えられており、
家臣駒井政武の日記『高白斎記』の天文17年9月6日(1548年10月7日)条に拠れば
「矢戸御陣所」の記述がある。
また、『国志』によれば武田氏滅亡後の遺領を巡る天正壬午の乱に際しては、
1582年(天正10年)に徳川氏と甲斐領有を巡る相模国の後北条氏が入ったといわれる。
1825年(文政8年)の村方明細帳にも記録が残る。

                                   (Wikipedia より引用)



こちらが谷戸城の縄張り図


      谷戸城址縄張り図

                ( 胡くんのホームページ  よりお借りいたしました )






谷戸城ふるさと歴史館の脇に建つ城址碑。


      0140731 谷戸城址02


      0140731 谷戸城址03

どうせなら、歴史館の敷地の隅っこじゃなく、
本丸(主郭)にで〜んと建てれば良かったのに。



城址碑に隣接するように建つ公園案内板。

谷戸城址一帯は、やまなし歴史文化公園として整備されているようです。


      0140731 谷戸城址04




城址入口に建つ説明看板。
縄張り図も載っていて見やすく、親切このうえない。


      20140731 谷戸城址01




城址入口で口を開けている空堀。
雑草に覆われているから画面では確認しづらいけれど
それなりの規模の空堀です。

この辺りが、谷戸城の大手口にあたります。


      0140731 谷戸城址05



大手口からの登城路を上って行きます。

僅かながらの高さの土塁が所々に残っています。


      0140731 谷戸城址06


      0140731 谷戸城址07




こちらが、四郭。


      0140731 谷戸城址08



さすがに、この時期だと雑草が多く今一歩把握しづらい。


      0140731 谷戸城址09



こちらが、五郭。


      0140731 谷戸城址10

同じく雑草に覆われ、郭全体を把握しづらい。




案内板に従い、ニ郭、三郭に向かいます。


      0140731 谷戸城址11


こちらは、二郭虎口。


      0140731 谷戸城址14



そして、こちらが二郭空堀。


      0140731 谷戸城址12


同じく二郭空堀。


      0140731 谷戸城址13



そして、こちらが三郭の空堀。


      0140731 谷戸城址15

下草さえ無ければ、それなりの規模が画面でも伝わるはずなのですが..............。



谷戸城の面白いところは郭の構成。
普通、三郭→ニ郭→主郭と構成されるのに
三郭(主郭西側)→主郭←二郭(主郭東側)と言った構成です。




そして、こちらが主郭。


      0140731 谷戸城址16



やはり、主郭も一面の雑草に覆われています。

奥に見えるのが主郭東側の虎口。


      0140731 谷戸城址17



主郭に立つ びいすけ。


      0140731 谷戸城址18


望遠レンズでズームアップしようと思っていたら
いきなりゴロ〜ん。


      0140731 谷戸城址20

あ〜、やめて!

思わず叫んじゃいます。
数日前にフロントラインをしましたが、
さすがに雑草の中でのゴロ〜んは勘弁してちょ!



こちらが、主郭西側の虎口。


      0140731 谷戸城址21


そして、こちらが主郭東側の虎口。


      0140731 谷戸城址24



こちら側(主郭東側)には説明板も用意されています。


      0140731 谷戸城址22



確かに、虎口の土塁も立派。


      0140731 谷戸城址23



びいすけ も草むらで伏せをしてくつろぎ状態。


      0140731 谷戸城址25


虎口の土塁の上から主郭内部をぐるっと眺めてみます。

主郭を取り巻く土塁が確認出来ます。


      0140731 谷戸城址26


      0140731 谷戸城址27



ガスっていて、視界は良好ではありませんが
雲一つ無い好天ならば、この方角には南アルプスの山々が見えるはず。


      0140731 谷戸城址28



主郭南側下に広がる空堀と帯郭。


      0140731 谷戸城址29


      0140731 谷戸城址30


      0140731 谷戸城址31



帯郭の先は搦め手。

この先を下って行けば、搦め手口。


      0140731 谷戸城址32


      0140731 谷戸城址33


      0140731 谷戸城址35


そして、こちらが搦め手口。


      0140731 谷戸城址36



搦め手口の先には出丸跡。

この出丸にある『丸山のモミ』。
樹齢200年を越す巨木。
旧・大泉村の天然記念物でありました。
現・北杜市の天然記念物でもあります。


      0140731 谷戸城址37


      0140731 谷戸城址38



モミの木の脇に祀られた祠。


      0140731 谷戸城址39



出丸跡から坂道を上り、大手口へと向かいます。

位置的には、三郭の下になるのだろうか?

写真に撮りませんでしたが、北斜面(城塁)が広がっています。


      0140731 谷戸城址40




再び大手口に戻り、空堀に沿って探索します。

かなり埋れていますが、空堀が堀底路として奥まで続いています。


      0140731 谷戸城址41



この辺りは木々も適度に伐採されていて、管理がしっかりされてい感じがします。

やっぱり、下草や雑草がなければ山城は歩きやすいし、
それなりに堪能出来ます。


      0140731 谷戸城址42


      0140731 谷戸城址43




南側からの谷戸城址遠景。


      0140731 谷戸城址44




国の史跡に指定され、公園整備もされ、遺構もしっかりと残されているのですが
いかんせん訪れた時期が悪かったようです。
とにかく草に覆われた城址。
雑草さえ無ければ見応えのある城址。
そんなイメージが強かった谷戸城址です。
それなりの規模で、歩き応えのある城址です。

雑草のない時期にリターンマッチですね。
多くの桜の木が植えられ、春には桜の名所とも言われているようで
再訪するのなら、桜の花の時期に訪れたいものです。


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2014/09/02 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit