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び・び・びのびいすけ

伏馬田城址  (2014年6月2日)(神奈川県相模原市) 

6月2日  公休

この日は山梨県の上野原市の廃校巡りに出かけました。

現在は上野原市である旧・秋山村の廃校巡りを終え
実家のある八王子方面へと移動するには相模原市を通過します。

旧・秋山村に隣接するのは旧・藤野町(現・神奈川県相模原市緑区)
旧・藤野町には以前から気になる城址が2ヶ所ありました。
せっかく近くに来ているのだから、足を伸ばして立ち寄ることにしました。

奥牧野城址をあとにして向かった先は..............

          伏馬田城址


伏馬田場は

別名、尾崎城とも呼ばれ、また伏馬田城山烽火台とも呼ばれ、
小田原北条氏の家臣団の津久井衆の一人、尾崎掃部助が守っていた山城で、
標高530mの城山山頂に築かれた小さな城であり、
道志川に沿って甲斐に通じる街道の往来を監視できる絶好の見張り場で、
東方の津久井城とも連絡できる要地であることから、
烽火台としての機能を有していたようです。
伝承によれば、1536年、甲斐の小山田氏の部将小林刑部左ヱ門が秋山口より侵入し、
青根の足弱(女・子供)を百人ばかりからめ取ったと伝えられていま。
この青根は伏馬田城の事と推定されていて、伏馬田城は、
甲斐・相模の国境の最前線を押さえる城として重視されたと思われます。



実は、昨年の8月にすぐ近くの菅井小学校に訪れた時に
この伏馬田城址のことを知ったのですが、
その時は時間が無くてパスしてしまいました。


その時もこの案内看板を見ました


      20140602伏馬田城址01


今回は上司に訪れるのが目的だから
五町離れた尾崎城(伏馬田城)を目指します。

500mほど行くとこんな観光案内板があり、
さらにその先に説明版がありました。


      20140602伏馬田城址02


      20140602伏馬田城址03



説明板のある二又路、まっすぐ行けば道志街道ですが
左の上り坂を登れば、伏馬田城址となります。


この先が伏馬田城址(尾崎城址)


      20140602伏馬田城址04

この日は上野原市の廃校巡りをしていたので、朝早くからの行動でしたが
この時点では、まだまだ元気がありました。
(まさか、このあと伏馬田城址攻略がこんなにも辛いとは思いませんでした.....)


こちらが、伏馬田城の登城路

ここから山道を上って行きます。


      20140602伏馬田城址05



いかにも!って言う感じの登城路 


      20140602伏馬田城址06



ここからが急な上り


      20140602伏馬田城址07


この上り道が辛かったぁ.............

      20140602伏馬田城址08



びいすけ も頑張りました!!


      20140602伏馬田城址09


約20分ほどの上りに喘ぎ、主郭まではあと少し...........


      20140602伏馬田城址10



主郭手前の帯郭。


      20140602伏馬田城址11



額に玉のような汗を浮かべ、やっと主郭に到着。


      20140602伏馬田城址12



主郭に建つ伏馬田城址の標柱。


      20140602伏馬田城址13



そして、こちらが主郭に並ぶ石碑群

風化して文字も読めず、いつ頃のモノかも良くわかりません。


      20140602伏馬田城址14


主郭にはこれといった遺構もなく、息が整うまでの小休止。

わずかばかりの空間
思ったほど山頂である主郭は広くありません。


      20140602伏馬田城址15


      20140602伏馬田城址16




主郭下に広がる帯郭


      20140602伏馬田城址17



帯郭で一枚、パチリ☆


      20140602伏馬田城址18



さぁ、一気に下山いたしましょう。


      20140602伏馬田城址19



上りも辛いけれど、傾斜のきつい下りも足にきます。

下り終えて、『仁の丘』と言う見晴台で小休止


      20140602伏馬田城址20


こうやって見ても、ここは山深いのがわかります。


      20140602伏馬田城址21


      20140602伏馬田城址22


戦国時代と言えど、この麓から主郭まではきつかっただろうなぁ...............


そんなことを思いながら、この地をあとにする事にしました..................



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2014/06/30 Mon. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit